0016ラグネの過去04(2043字)
僕らはパーティーリーダーのスカッシャーさんの命令に従い、横へと走りました。ものすごい音が背後から聞こえます。
「スカッシャーさん!?」
見れば、スカッシャーさんの大剣が根元で折られていました。邪炎龍バクデンは空中高く昇ると、身をひるがえしてこちらへ再度向かってきます。武器を失ったスカッシャーさんに勝ち目はありません。僕は回復魔法の準備をしながら、はらはらと見つめるばかりでした。
そのとき、ロンさんが呪文を唱えました。バクデンを指差します。
「『雷撃』の魔法!」
ロンさんの指先から電撃が放射されました。先ほど龍たち相手に大活躍した魔法です。バクデンにも効果があると、誰もが期待しました。
しかし……
「何で!?」
青い輝きは邪炎龍の体表を滑って、まるで効き目がなかったんです。しかし攻撃を受けたとみなしたバクデンは、ロンさんに標的を変えたようでした。
「逃げろロン!」
キンクイさんが叫びます。しかしその声が届くよりも先に、龍が巨大な業火を吐き出しました。それはロンさんを直撃し、一瞬でその体を焼き尽くしたんです。
「ローンっ!」
スカッシャーさんが血相を変えました。僕はロンさんの死が信じられなくて、嘘だ、嘘に決まってると、意味のない言葉を発するだけです。涙があふれてあふれて止まりませんでした。
宙で方向転換した邪炎龍は、今度はキンクイさんを狙って急降下してきます。このままではキンクイさんも殺されてしまう。武闘家の彼女に、あの業火を防ぐ術はないのですから。
そのときでした。
僕の背後に、光球が出現したんです――そのときはそうとは気付きませんでしたが。
そして僕は、激しい憎しみを込めて、バクデンへ光の矢の豪雨を叩きつけました。バクデンは空中で四分五裂し、死体となって落下します。しかし僕のマジック・ミサイルは、敵の死体が消滅してもなお、地面へ濁流のように注ぎ込まれていました。
僕は疲労を覚えてまばたきします。光は消え、後には呆然と僕を見やるスカッシャーさんとキンクイさんの視線があるのみでした。
あの陽気なスカッシャーさんは無言のまま、僕らとともにロンさんの墓を作りました。そして龍の巣――バクデンが倒されたことで魔物は全員逃げ出していました――の卵をすべて破壊して、帰路についたのです。
その途中のことでした。重い足取りで先頭を歩いていたスカッシャーさんが、ぴたりと足を止めました。いぶかしがる僕とキンクイさんに振り返ります。その目に強い怒りが煮え立っていました。
「ラグネ。何であのマジック・ミサイルが使えることを黙ってたんだ?」
僕は何とも答えられません。気がついたら使えていた、という説明をしても、とうてい信じてもらえそうにありません。それより何より、今のスカッシャーさんの激しい憤怒を前に、僕は震え上がって喉が干上がっていたんです。
キンクイさんが助け舟を出してくれました。
「スカッシャー。たぶんラグネは、ロンが死んだことが作用して、一時的に使えただけだと思うけど」
「そうなのか?」
僕は唾を飲み込み、何度も首を縦に振ります。スカッシャーさんはしかし、納得いかないようでした。
「それがしとキンクイ、ロンの3人は長い付き合いだった。仲間のなかの仲間……! もしラグネがあの力を最初から使っていれば、ロンは死なずに済んだはずだ! 違うか!?」
パン、と乾いた音が鳴りました。キンクイさんがスカッシャーさんの頬を引っぱたいたんです。その目に涙があふれていました。
「いい加減にしてよ! あんた、そんなネチネチした繰り言をする人間じゃないでしょ! 辛いのはあんただけじゃないんだからね!」
スカッシャーさんはキンクイさんの頭を片手で抱き寄せます。キンクイさんは彼の肩に額を押し付けて、堰を切ったように泣き始めました。
「ううう……うわあああぁ……!」
スカッシャーさんは僕に対して頭を垂れて謝罪します。
「すまん。言い過ぎた。それがしたちが生きているのは、ラグネの力あってこそなのにな」
「いいえ。こちらこそすみませんでした」
3人はまた歩き出しました。
それにしても、あの力は何だったんだろう? 僕は考えます。今までパーティーメンバーが死んだことなんてなかったから、やっぱりロンさんの死が影響して発動したんだろうけど……。邪炎龍バクデンを問題としなかったなんて、凄すぎる。
でも、ロンさんが死んでから謎の力が使えても意味がない。スカッシャーさんの言うとおりだ。
僕はとぼとぼとふたりの後に続きました。
僕らはルモアの街のギルドに戻って報酬を受け取りました。そしてキンクイさんに意外なことを告げられます。
「あたしたち、ロンが死んじゃった今、冒険者を続ける気になれないんだ。スカッシャーが故郷に帰るっていうし、あたしもそれに付き合うことにする。そこで結婚して、報酬を元手に何か商売を始めるつもり。あんたも来る?」
僕が答えに迷っていると、スカッシャーさんに玉ねぎ頭をくしゃくしゃと撫でられました。
「がははは! 何、強要はせん! お前の未来だ、好きに生きろ!」