0159ムラマーの日記03(2205字)
だが、そこで小生は思いついた。この王都を使うのだ。高い城壁を円形に持つ都市――ここならいい自殺方法がある。
転落死だ。
そこから歯車は転がりだした。「街全体に『魔法防御』の魔法をかける」などと嘘をつき、秘密を知る同志16名が、城壁の歩廊に等間隔で立つ。次に呪文を唱え、多重円盤を王都の上空に生じさせる。
そして全員同時に転落死する。自害用の短剣も処刑役もいらない。これなら恐怖も少なく自殺できる。そうして我らは冥界に転生し、そこで安楽な生活を送ることになるのだ――
こうなると残る問題はいつ行なうかだ。ルバマは消息を絶って長い。小生ら16名の同志たちは機会を待ち続けた。
新皇帝ザーブラ陛下につきそって――というより、新皇帝につきそったザクカ殿につきそって――東のザンゼイン大公領におもむかねばならなくなったときは、かなりの失望感を味わった。新たな帝城は楕円で、ロプシア王国王都に比べて円陣を描きにくかったからだ。
だがそんなとき、例のスライム騒ぎが起きる。これは千載一遇のチャンスだ。信じてもいない神々に感謝したほど、小生は歓喜した。スライムを口実に、ロプシア王都へ向かえるからだ。
小生ら『蜃気楼』はロプシア王国王都への物資輸送、ならびにスライム排除の手伝いを志願した。ザクカ殿は快く了承してくれた。今まで我らをこき使ってきた彼は、小生らの嘘の願いを完全に信じ込んだ。
だがザーブラ皇帝は違った。謁見室で小生が言上すると、彼は沈黙した。そして奇妙なものを見る目で、小生をしばし観察したのだ。
さすがは皇帝、威圧感が違う。小生は顔を伏せ、冷や汗に濡れる顔を隠した。
だが小生らの真の目的――冥王召喚――を見抜けるはずもない。結局皇帝は了とし、小生らは嬉々として準備を整えた。
今、帝城を出発する直前にこの部分をしたためている。2日分の食糧を運び、30人の魔法使いたちを引き連れて、小生らは西へ向かう。もちろん30名のうち15名は同志であり、残る15名は小生らの意図を知る由もない。ただ善行を働きに行くのだと、アホのように喜び勇んでいた。
小生のこの日記は、ここでおしまいである。いずれ誰かがこの本を見つけたときは、すでにこの人間界に冥王ガセールさまが降臨しておられるであろう。そして小生は、冥界で極楽に過ごしているはずだ。では、さらばだ。
P.S. ザクカ殿、冥界では地位が逆転して再会するであろう。楽しみにしている。
ザーブラ皇帝は最後まで読んで日記を閉じた。怒りに打ち震えるコッテン王を見下ろす。
「これが発見されたのはつい昨日のことだ。どうやら貴殿らの見聞きしてきたことと、この日記の内容は重なるようだな」
コッテンは顔も赤黒く、血管を浮き立たせて絞り出した。
「おのれ、ムラマーめ……! きゃつめが挨拶に来たとき、妙にうきうきしていると思ったのだが、まさかこの計画を仕上げにかかっていたとは……」
イヒコが無念そうに頭を振る。
「ムラマーはまず魔法使いたちのうち、無関係の15名をスライム対処に当てて、その間に16人で最終意志確認をしたのでしょう。そして交代後、すぐ計画を実行したのです。『魔法防御』の魔法をかける、といつわって……。確かにしてやられましたな、我々は」
ザーブラ皇帝は軽く歯噛みした後、小姓に日記を渡した。
「起きたことは仕方ない。先ほどデモントが貴殿らを連れてきたとき、常備軍のなかから最精鋭に駿馬を与え、西へと向かうよう指示した。避難民を保護するためだ」
皇帝は己の限界を悟っている。
「巨大な怪物――冥王ガセールとやらが、どれだけ超人的な力を持っているか、それは分からぬ。だが少なくとも今は、その脅威よりも身近に差し迫った危険――スライムの群れからの防衛に専念すべきだ。そう思わぬか?」
コッテンもイヒコも深くうなずいた。
「そのとおりです」
やがて三叉戟のデモントと無詠唱魔法のケゲンシー、それから常備軍の精鋭に守られて、ロプシア王国王都からの避難民が到着した。なかにはイヒコ王のマリキン国から長く流浪してきたものもいる。
ザーブラ皇帝は兵士によって城下町への入場を統制した。なかには我が身可愛さで、先に入場させろと吠え立てる民もいたが、そういった輩は厳しく取り締まった。
いっぽう街の冒険者ギルドでは、魔法使い・僧侶・賢者をかき集めて、スライム対策に当てさせた。北西、西、南西の囲壁上の歩廊に立たせ、近づくスライムたちの流れに対処させる。デモントとケゲンシーもそれに参加させた。
避難民の収容が終わると、南西と北東の両門を閉じて、大工をフル動員させた。粘土で扉の隙間を固めてしまい、スライムたちの侵入を防ぐようにしたのだ。
マルブン宮中伯ギシネが、ほかの大臣たちと計算を急ぐ。ザーブラ皇帝に汗をかきつつ訴えた。
「食糧は2週間と持ちませぬが」
「それぐらい持てば十分だ。スライムの供給元は絶ったのだから、先にどちらが底を尽くかの勝負となるだろう」
そしてスライムたちの濁流が、遠く西に現れた。
デモントが魔法使いたちへ景気よく大声を出す。
「派手にやろうぜ、お前ら!」
「おおっ!」
誰も彼もがやけくそ気味に片腕をうち振るった。ケゲンシーが小声でつぶやく。
「スライムたちに関していえば、元は私たちのせいなんだけどね」
デモントも低い声でささやく。
「何、一番悪いのはルバマだ。お前を洗脳したんだからな」
「そうだけどさ」
そうして、黒い波が帝城に殺到してきた。




