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0158ムラマーの日記02(2278字)

 気づけば小生らはルバマに正対している。我ながら単純だった。


「冥界のポストの話、本当だろうな」


「はい、もちろんです」


 小生はにたりと笑う。ルバマは我ら『蜃気楼』の(もう)(ひら)いてくれた。


「いいだろう、話ぐらいは聞いてやる。……それで? 冥王ガセール殿はなぜおぬしのようにこちらに来られない?」


 ルバマの返事には、いちいち真実味がこもっている。


「あまりにも強すぎるからです。あたしのように弱いのならともかく、ガセールさまはとにかく強い。それゆえ魔法陣で出入り口を開いても、それを使うことができずにいらっしゃるのです」


 小生はもうひとつ確認した。


「それなら、小生もおぬしが使った出入り口を使えるのだろう? 小生は弱いからな」


「いいえ、それはいけません。人間が転移魔法陣で無理に冥界へおもむけば、現れると同時に消滅してしまいます。これは死病を(わずら)ったこちら側の人間を使って確かめました」


 周りの部下たちも、小生同様この話に食らいついていた。その期待に背中を押され、小生は次の質問を繰り出す。


「それで、『強きものでも冥界から人間界へ移動できる転移魔法陣』というのは、つまり強すぎる冥王でも使えるものということだな?」


「そのとおりです」


「そんなものをどうやって作る? ルバマ、おぬしがそれを作って呼び出せばいいだけではないのか?」


 ルバマの瞳が、このとき闇夜のようだ。うっすら笑う。


「その前に、具体的な方法をお教えしましょう。まず16名の魔法使いたちで巨大な円陣を組み、宙に向かって呪文を唱えます――『召喚』の魔法は、あたしが人間界の言語で本にしたためていますので、それを参考にしてください――。そして魔法陣のもととなる多重円盤が生じたら、16名全員が自らの命を絶って冥界にささげます。これが儀式の全容であり、これを遺漏(いろう)なく遂行すれば、冥王が通れる魔法陣が出来上がるのです」


 小生も部下の魔法使いたちも、何の言葉も発せないどころか、その内容の凄まじさに身じろぎひとつできなかった。


 必要なのは、16名全員の死――


 なるほど、確かにルバマひとりではできない相談だ。たとえ同志をそろえて冥界でやろうにも、そこには死の概念がないのだから無理である。


「おぬしは小生らに死ね、というのか。冥王ガセールを招くためだけに……」


「ありていに申せばそうです」


 小生は突きつけるようになじった。


「おぬしの言の正しさを、いったいどうやって判断せよというのだ? おぬしが冥界からの使者を名乗るのは勝手だとして、それを小生らがどう受け止めるかは別問題だ。たとえば冥界うんぬんは丸っきりの嘘で、おぬしが他国の間諜であり、『蜃気楼』の人員を16名殺害することが真の目的ということもある。もしそうだったら、こちらは目も当てられぬではないか」


 しかしルバマはひるんだり恐れたりしない。


「『召喚』の呪文書がここにあります」


 彼女は背負い袋を下ろし、なかから薄い書物を取り出した。


「呪文自体は短いです。16名が暗記した上で、巨大な円陣を作り、ここの空中に多重円盤を描いてください。それができたら、あたしの依頼が空手形でないことが証明されると思われます」


 小生はしばらく片足のつま先を上げ下げして、彼女の差し出す本を凝視する。


 そのときだ。


「やってみましょう、ムラマーさま!」


「もし多重円盤とやらが出なければ、そのときはこの女を間諜として逮捕すればいいだけですから!」


「物は試しです!」


 部下の魔法使いたちはおおいに乗り気だった。小生は彼らの意気込みに破顔する。


「そうだな。小生を含めればちょうど16名であることだし、一応やってみるか」


 我らは呪文書の内容をそらで覚え、円を描くように散った。そこらへんは魔法使いたちの特別機関『蜃気楼』なだけあって、いかにも迅速(じんそく)だ。


 準備のできたものが右腕を上げる。小生も含めて16本の腕が青空に抵抗したとき、同時に呪文の詠唱がなされた。


「『召喚』の魔法!」


『魔法防御』の魔法などなかったかのごとく、小生ら16名の胸から光が走る。それは空中の一箇所に収束した。


「おお……!」


「これは……!」


「何ということだ……!」


 魔法使いたちは口々に感嘆する。そう、そこには巨大な多重円盤が大地と平行に広がったのだ。小生も度肝(どぎも)を抜かれ、ただただ口をあんぐり開けっ放すだけだった。


――ルバマの話、真実本当だったか……


 彼女は小生のそばで苦しそうに咳き込みながら、それでも会心の笑みを閃かせていた。




 そのルバマは「別の用事がある」とロプシア王国王都を離れていった。以降、小生は15名の部下、というより同志たちと幾度となく会合を設けた。


 やはり一番の問題は、本番が一回こっきりであり、間違いは許されないということだ。何せ(おの)が命を捨てるのである。やり直しなどありえないのだ。


 小生ら16名はどのようにすれば成功するか綿密に考えた。


 なかでも特に、全員が正確に自殺する方法は難題だった。それぞれがナイフを持って自害するのが一番簡単だが、部下のひとりはかえって難しい、と反対した。いざというとき、人は命惜しさに歯止めがかかるものだからだ。


 かといって誰か別の人間を複数名用意して、全員の首をなるべく早く斬ってもらう、というのもまずい。魔法使い集団『蜃気楼』の16名だからこその連帯感と結束であり、外部の人間を混ぜれば冥王召喚の目的が漏れてしまう危険性がある。


 そんなことになれば全員処刑されてもおかしくはない。冥界から覇者を呼び込むなど、どう考えても禁忌だからだ。ロプシア帝国は許さないだろう。我らの直属の上司であるイザスケン方伯ザクカ殿は、もっと許さないだろう。

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