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0157ムラマーの日記01(2250字)

(24)ムラマーの日記




 いっぽう悪魔騎士で三叉戟(さんさげき)を操るデモントは、イヒコ王を背中に乗せ、コッテン王を両腕で抱いて、東へ飛んでいた。


「まったく、何でこんなおっさんを抱きかかえなきゃならないんだか……」


 コッテン王がつばを飛ばして抗議する。


「僕だってお前みたいな男に抱かれるなんて真っ平ごめんだ!」


「じゃあ降りるか?」


「……今回は許してやる」


 避難民の蟻のような列が真下で続いていた。デモントは彼らがザンゼイン大公領――ロプシア帝国皇帝ザーブラの領土へ入る前に、ふたりの王を城まで届けねばならない。無断で皇帝領に侵入するわけにもいかないではないか。


 朝日がだいぶ昇ってきたところで、ようやくデモントたちは帝城へ到着した。マリキン国イヒコ王とロプシア国コッテン王を番兵に紹介し、急ぎ取り次いでもらう。皇帝への謁見が許可されたところで、デモントは西へと引き返すことになった。


「じゃあ後はうまくやってくれよ、ふたりの国王さん! 俺さまはケゲンシーのところに戻るぜ!」


 悪魔騎士で無詠唱魔法を駆使するケゲンシーは、避難民の最後尾につき、背後の敵を警戒している。そこへ帰るというわけだ。


 イヒコ王が手を振った。


「気をつけろよ、デモント! ここまでご苦労だった!」


「あいよ!」


 デモントが西へと飛んでいく。イヒコとコッテンは近衛兵にうながされ、城内へ入った。




「久しぶりだな、イヒコ王、コッテン王」


「ははぁっ……!」


 謁見室でこうべを垂れるふたりを前に、玉座のザーブラ皇帝はすぐに用件へ入った。


「避難民の受け入れ、引き受けよう。まあちと狭くはなるし、食事もあまり準備はできないがな」


 ふたりの国王はほっと安堵した。イヒコはしかし、すぐに気を引き締めて報告する。


「スライムたちの発生源である魔法陣は、ラグネとコロコ、タリアの活躍により除去できました。すでにこの世界に侵入したスライムどもは撃退せねばなりませんが、その数が今より増えることはありません」


 ザーブラが愁眉(しゅうび)を開いた。


「それはよい(しら)せだ」


「それから……」


 イヒコは言いよどむ。あまりにも現実離れした光景を目の当たりにした、という感慨があったからだ。


「それから、そもそもなぜロプシア王都から避難することになったかといいますと……。王都の上空に巨大な魔法陣が現れ、そこから巨大な怪物が降りてき始めたからでございます」


「そうか」


 ザーブラはさほど驚かず、その凶報を受け止めた。イヒコもコッテンも、さすがは皇帝だ、泰然自若(たいぜんじじゃく)としておられる、と感嘆する。


 だがそうではなかった。


「ムラマーにしてやられたか……」


 灰色の光が差し込むなか、一冊の本を近衛兵より手にする。それを無造作に開き、ぱらぱらとめくった。


「これはムラマーの日記だ。もっと言えば遺言状だ。ここにはきゃつが魔女と通じ、冥王ガセールを召喚する方法を教えられたことが書かれている」


 イヒコとコッテンは言葉もない。


「何と……」


 それだけ絞り出すのがやっとだった。


 ザーブラは面白くもなさそうに、そのムラマーの日記を読み始めた。




 小生ムラマーは、ロプシア帝国イザスケン方伯ザクカが抱える魔法使い集団――『蜃気楼(しんきろう)』の主として、ここに真実を記す。小生は死ぬが、決して気が狂ってそうしたわけではないことを、後世に伝えんがために。


 少し前、女魔法使いルバマなるものが我らに陳情した。用件は新たな呪文と、それによる魔法を開発したので、高名なるムラマーさまにぜひ審査していただきたい。そういうものだった。


 ありふれた話だ。魔法が正式に登録となれば、開発者にはそれなりの報酬が出る。それを目当てに、この手の依頼は絶え間ないのだ。


 それでも用心して『魔法防御』の魔法を自分と部下にかけ、小生はルバマと会った。どんな魔法か見定めるため、ロプシア王都の外、平野をその会見場所に定める。


 ルバマは白い長髪に褐色の肌で、テンの毛皮をあしらった豪華な衣装を着ていた。体調がひどく悪いのか、青ざめて咳ばかりしている。


「帝国中にその名声をとどろかせている、史上最高の魔法使いムラマーさまにお会いできて、光栄至極に存じます。本日折り入ってお話させていただきますのは、『強きものでも冥界から人間界へ移動できる転移魔法陣』の作成方法についてです」


 冥界。転移。魔法陣。小生はまたどこかのクレイジーな奴がきやがったな、とうんざりした。


 別に冥界なるものを信じていないわけではない。だが今まで同じような話を持ってきた奴は、たいてい小生から研究費をかすめ取っては、人知れず逐電(ちくでん)してしまった。今回もその筋の手合いだと見てとった小生は、あほらしくて帰ろうかと思ったのだ。


 だが。


「ムラマーさまもあなたの部下たちも、いや世界中のあらゆるものたちは、死した後は冥界へ生まれ変わります。冥界は死の概念がない世界です。現在はあたしのあるじ、冥王ガセールさまがそこを()べており、争いごとはなくなっています」


 嘘偽りのない真摯(しんし)な瞳に、小生は思わず釣り込まれた。ルバマは咳をしながら続ける。


「もしあたしにご協力していただけるなら、ガセールさまがあなた方に、冥界における相応のポストを差し上げます。何せあたしは、冥界よりこの人間界に渡ってきたものですから」


 小生はそのとき52歳。もう年老いて、いつお迎えがくるか分かったものではなかった。そんな小生にとって、この話は渡りに船である。


 それに、小生も部下の魔法使いたちも、権力者への宮仕えに飽き飽きしていたのだ。普段から小ずるく間諜や細作の任に当たるのも、小生らのプライドを深く傷つけていた。

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