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0156冥王ガセール05(2116字)

 彼女はコロコの右腕を後ろにひねり上げると、言われたとおりにその拳を開かせて、その上から鞭でぐるぐる巻きにした。コロコは疲労のため抵抗できない。


「コロコさんを返せっ!」


 ラグネがマジック・ミサイルを発射しようとして、すぐにやめた。リューテがコロコの首に短剣を突きつけたからだ。人質に取られた格好で、とても撃てない。


「悪いけどこの子は俺がもらうよ、たまねぎ頭。じゃ、最後はガセールさまが締めてください」


 ガセールの背後に黒い球が浮かび上がった。


「まったく、いい加減な奴だ。では……」


 コロコが危険を察知して叫ぶ。


「逃げて、ラグネーっ!!」


「これでおしまいだ、ラグネとやら!」


 黒い矢の怒涛(どとう)がラグネのもとへ殺到した。かわしようがない津波だ。


「うわあああっ!」


 ラグネの絶叫と同時に城壁が吹き飛んだ。コロコが涙を散らしながら、粉塵にかすむ一帯を見上げる。


「ラグネ、ラグネーっ!!」


 風が吹いて煙が流れた。粉々に破壊された囲壁は跡形もなくなっている。ラグネの生存はどう考えても不可能だった。


「そんな……そんな……!」


 コロコはがっくり両膝をつく。圧倒的な悲哀が彼女の胸一杯に広がった。固くつぶった両目からは、滂沱(ぼうだ)と水滴があふれて落ちる。


 絶対に死なないで、って言ったのに……。コロコは嗚咽(おえつ)し、決壊した涙腺(るいせん)もそのままに、ひたすら泣きじゃくった。


 冥王ガセールは残りのルミエルたちを見渡す。殺害の喜悦を楽しむように、笑いながら黒い矢を放った。ルミエルたちは左胸の赤い宝石『核』を打ち抜かれたが、誰一人爆発しなかった。マジック・ミサイルが核をまるまる滅亡させたからだ。


「わははははは……!」


 ガセールは両手を広げて哄笑した。ルミエルたちが次々に撃ち滅ぼされていく。最後の一体は逃げようとして這いずったところで殺された。


 こうしてロプシア王国王都に生き残ったものは、冥王たちと、その人質のコロコの7人だけとなった……




「それにしても、魔法陣はすぐに閉じてしまいましたね。てっきり開いたまま、スライムたちが流入してくるかと思ったのですが」


 学者肌のトゥーホがサングラスをかけ直す。冥王ガセールは首を振った。


「おそらく、人間界に悪魔騎士4人を生み出す方法での魔法陣――2度失敗した――ものなら、きっとそうなったのだろう。さっきの3度目の魔法陣は、作り方がそもそも違うから、結果もまた異なったのだ」


 むせび泣き続けるコロコに、冷酷な視線を向ける。万物が凍りつきそうな声音で言った。


「この都市に住んでいた人間は、どうも余らが降誕するより早く、どこかへ去ったらしい。東西南北、どの方向へ行ったのか、答えろ」


 コロコは慟哭(どうこく)して答えない。ガセールがまた尋ねた。


「お前の光弾は天使から授かった力か? およそ人間の持てる能力ではなかったが」


 これもコロコは無視する。だが鼻をすすり上げ、怒りの波動を発した点で、さっきとは違っていた。ガセールは重ねて聞く。


「あの光の矢を放っていたラグネとかいう少年は何者だ? 余と同じ『特別な悪魔騎士』ではなかったか?」


 一緒にしないで。コロコはそうつぶやいた。上半身を起こし、振り向いて冥王をにらみつける。


「あなたなんかとは違う! ラグネは『神の聖騎士』よ! 天使に祝福された、私の……」


 憤怒で歪んでいた顔が、また崩れた。コロコは力なく再び泣き出す。年少のリューテがガセールに訴えた。


「ちょっと、冥王さま。あんまり俺の彼女をいじめないでくださいよ」


 ガセールは苦笑して鷹揚(おうよう)にうなずく。


「余は『漆黒の天使』に祝福された『特別な悪魔騎士』だ。この人間界に戻って早々、『天使』に祝福された『神の聖騎士』と戦って勝てたとは、何ともついているな」


 大男のケロットが豪快に笑った。


「それにしても火炎の剣使いたちといい、『神の聖騎士』といい、天使とやらは冥王さまがこの人間界に現れることをずいぶん嫌がっていたんですな。気持ちは分からんでもないですが」


 6人は爆笑する。侍のジャイアが、ひとしきり笑声(しょうせい)を吐き出してから顎をなでた。


「冥王さま、それで今後はどうしますか? 拙者はスライムどもに頼るのがよかろうと愚考しますが」


「そうだな。こと人間への――餌への欲望なら、スライムにかなうものもおるまい」


 学者のトゥーホが賛同を示す。


「餌への嗅覚もまた同じですね」


 6人は翼を広げてそのまま浮上した。コロコは同じ女のツーンに抱えられて連れて行かれる。


 ガセールは王都の外に広がるスライムたちが、自分たちに畏怖してかしこまっているのを見た。大音じょうで笑いかける。


「貴様ら、殺しはしない。罰しもしない。欲望のまま人間どもを食らうのだ。好きに動くがいい!」


 そうけしかけると、停止していたスライムたちは活力を取り戻したかのように、東と南にそれぞれ分かれて動き出した。やがてその速さは濁流のようになる。


「東か、南か。どうします?」


 年少のリューテの問いに、冥王ははっきり答えた。


「南だ。気温の高いところのほうが、人口もまた多いだろう」


 スライムたちの行く方向に人間どもがいる。殺しても殺しても飽き足りない、人間どもが。ガセールの両目に狂気の炎が宿った。


「行くぞ」


 液体生物たちの黒い流れを眼下に、冥王たちは南へ空を飛行していく。

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