0150魔法陣破壊作戦07(2072字)
イヒコが驚いている。
「ムラマー殿は確か、イザスケン方伯ザクカ殿に仕える魔法使い集団『蜃気楼』の総帥であったな! いつの間にこの城に到着されたのだ?」
ムラマーは痩せこけて白い髭が目立っていた。肩で留めるタイプの黒マントを羽織っている。
「つい先ほどです! ご挨拶が遅れて申し訳ない! 失礼ながら、状況と対策案はコッテン国王よりうかがい申した!」
ラグネに笑みを投げかけた。
「ザーブラ皇帝陛下とザクカさまより命を受け、2日分の食糧と魔法使い30人を用意しています! ただいまよりスライム退治に参加させていただきます! 貴殿は魔法陣破壊に存分にお働きあれ!」
城門塔に隣接する歩廊から、彼の部下の魔法使いたちがスライムへ攻撃魔法を撃ち始める。
イヒコはラグネに片目をつぶってみせた。
「これならどうだ、ラグネ? この王都は持つだろう?」
ラグネは白旗を揚げる。
「はい、そうですね。作戦案、承知しました!」
こうしてタリアの左手首をラグネが、右手首をルミエルがそれぞれつかんだ。コロコは胴に両腕を回してしがみつく。
タリアは11歳なのに、作戦の要を任されても泰然自若としていた。脅威の根性の持ち主なのか、単に鈍感なのかはよく分からない。
「じゃあ行ってきます! デモント、三叉戟お願い」
「おう」
デモントが三叉の槍を発生させ、その細い影にタリアたちが潜り込んだ。それを確認すると、デモントはスライムたちのほうへ目掛けて、思い切り投擲する。
「そらよっ、行ってこい!」
暗黒へ飛び込んだタリアたちは、早速槍の影からスライムたちのそれへと渡った。
「西へ西へ、ひたすらスライムを伝っていくから、決して手を離さないでね」
「こ、これがタリアの能力……!」
「全方向に闇があって何も見えないね」
コロコとルミエルは初体験なので、その驚きぶりと困惑ぶりはラグネにとっては懐かしいものだ。
「大丈夫ですよふたりとも。漆黒でお互い見えませんが、それで正常なんです」
「本当に? ねえタリア、魔法陣までどれくらいかかる計算なの?」
「うーん……たぶん半日弱ぐらいかな。夕暮れに間に合えばいいけど」
ルミエルが後半のつぶやきに反応した。
「夕暮れに間に合わないとまずいのかい?」
「うん。だって月より太陽のほうが影が濃いでしょ? どっちの光でも潜れるけれど、濃ければ濃いほうがより移動しやすいんだよね」
静かで真っ暗な状態に置かれ、ただ海流のようなものに乗って浮遊している。黙っていたら不安になるその状況が、4人をしゃべらせた。
「そういえばマリキン国の国民は、逃れ出てきた人々以外、もう全員死に絶えているのかな」
ルミエルはそんな悲観を口にする。コロコは多少の同調を見せた。
「たぶんね。でもひたすら人間だけを襲うなら、マリキン国の東だけでなく、北や西、南にも餌を見出しているかもね。ただロプシア帝国以外の地域って、冒険者ギルドがないから情報がなかなか入ってこないし」
ラグネは改めて自分たちに課せられた任務の重大性を理解する。
「とにかく魔法陣を何とか破壊しましょう、コロコさん。帝国の人々のためだけでなく、この大陸で生きるすべての人々のためにも」
「うん! もちろんよ」
その後は責任感に押し潰されないよう、気楽な雑談に入った。
どれぐらいの距離を進んだのだろうか。時間の感覚がなくなってきて、ただ漆黒の闇のなかを浮いているだけのような気もしてくる。
話題はイヒコ王に関してのものに移っていた。タリアがはしゃいで語る。
「イヒコ王、カッコいいよね。あんな人が恋人だったら嬉しいのに」
「ええっ、あのおじさんが好みなの、タリア」
「そうよコロコ。私だって男性を好きになるもの。ねえラグネ、ルミエル?」
「うう……」
ラグネたちはルミエルの苦しげなうめき声にぎょっとした。
「どうしたんですかルミエルさん。どこか痛いんですか?」
「し、心配しないでくれ」
明らかに呼吸がおかしい。ラグネとコロコ、タリアの心配をよそに、ルミエルは独語した。
「早すぎる……。もう少し持ってくれ、僕の体……」
ラグネはルミエルがかつて語っていたことを思い出した。「『神の聖騎士もどき』は短命でね。僕の命はたぶん、あと3、4日しか残っていないんだ……」。まさか、そんな。本当に……!?
コロコが提案した。
「タリア、ひょっとしたらこの影のなかがよくないのかもしれない。外に出られる?」
「無理言わないでよ。私たちの真上はスライムでびっしりなんだから。それに影のなかがよくないなら、私たちだって同じ症状が出てなきゃおかしいでしょ」
ラグネはルミエルから、余命に関してコロコには言わないよう口を封じられている。ルミエルは命を懸けてこの任務に挑んでいた。それを邪魔する気は毛頭ない。
だが、そばにいるのに何もできないのは悔しかった。一応直訴する。
「回復魔法をかけましょうか? その、気休めぐらいにはなるかと……」
ルミエルは苦痛の波が谷に落ち着いたのか、少しやわらいだ声で断った。
「いや、大丈夫だよラグネくん。ありがとう。……タリア、あとどれぐらいで魔法陣にたどり着くかな?」
「もう少しだよ。そんなにはかからない」




