0015ラグネの過去03(1951字)
僕は龍の巣を初めて見ました。尋常ならざる巨大な岩石に、蜂の巣のような無数の穴が開いて、そこから龍たちが顔をのぞかせていました。接近する僕ら4人に気がついて、けたたましく咆哮します。空中には雄大な翼と長い尾をのたうたせる、複数の飛行系ドラゴンが舞っていました。
今回の依頼は報酬も2000万カネーと破格で、内容は龍の巣の卵をすべて破壊することでした。龍を将来的に根絶やしにしようということでしょう。コルシーン国のヤッキュ国王が、ロプシア帝国第25代皇帝になられた祝いの意味もありました。何せ依頼主は、そのヤッキュ陛下なのですから。
「がははは! 相手にとって不足なし! やるぞお前ら!」
そう豪快に笑ったのは戦士スカッシャーさんです。いつも上半身裸で、鍛え上げられた筋肉を見せびらかしていました。背中に大剣を装備しています。黒髪を獅子のたてがみのように生やし、剽悍の生きた見本のような外見でした。
武闘家キンクイさんは呆れ返ります。
「やれやれ、身震いが止まらないよ。まったくとんでもない依頼を引き受けちまったもんだ。スカッシャーは馬鹿だから恐怖とか感じないんだろうけどさ」
彼女はポニーテールで布の少ない服装をしていました。茶色の透き通った瞳と引き締まった精悍な表情です。個性的な顔立ちの方でした。
「回復頼むよ、ラグネ。あんたはやるときはやる人間なんだから」
なよなよクネクネした独特の動きで僕に話しかけてきたのは、魔法使いのロンさん。丸坊主に黒尽くめの服です。まつ毛が長く、それに囲まれた双眸は透き通った藍色でした。
僕は龍の巣の恐ろしさにすっかり肝を潰していましたが、ロンさんのその言葉に勇気を奮い立たせます。
「はい、頑張ります!」
僕も5年間の冒険者生活で、いろいろと鍛えられてきました。やるときは今。今なんです。
早速飛行系の龍が襲いかかってきました。エメラルド色に輝く表皮、鋭い鉤爪、堂々たる体躯など、相当な強さが見た目からだけでもうかがえます。
スカッシャーさんが背中の大剣を抜き、ぶん回して応じました。
「がははは! かかってこーいっ!」
両者が激突する――次の瞬間、ドラゴンはその首を斬り落とされていました。青い血を噴出させて、ものすごい勢いで地面を転がっていきます。砂埃が立ち、キンクイさんとロンさんは抗議しました。
「ちょっとスカッシャー、あたしたちが後ろにいることも考えてよね」
「せっかくの着物が台無しじゃない」
「がははは! すまんすまん!」
僕は改めてスカッシャーさんの強さにしびれました。勝てる。このパーティーなら、龍の巣もどうってことない。そう感激したんです。
空を飛んでいた龍が遠ざかり、巣のドラゴンたちも逃げ出します。身の危険を感じたんでしょう。反対に、仲間を殺されて激怒する魔物もいました。そうしたものはこちらへ向かってきます。
キンクイさんがスカッシャーさんと肩を並べて、ロンさんと僕を守るように身構えました。
「ロン、攻撃魔法頼むよ! ラグネ、あんたはいつでもあたしたちを回復できるよう準備しておいて! さあ、これからが本番だよ!」
こうして僕らは龍たちと激突したんです。
しばらく経った後には、無数の龍の死体と、勝ち誇るスカッシャーさんたちの姿がありました。スカッシャーさんの異次元の強さ、キンクイさんの的確なサポート、ロンさんの雷撃魔法、僕の回復魔法。すべてがうまく機能して、見事な勝利を飾ったんです。
「がははは! もう終わりか! しょうもない!」
スカッシャーさんは意気揚々と巣へ歩いていきます。残っている龍はもういません。僕らは彼の後に続きながら、まだ依頼の『卵を全破壊』が終わっていないにもかかわらず、もうすべて片付いたような感覚に陥っていました。
とりあえず誰も死ななくてよかった。それが本音だったんです。
「がははは! 何を泣いてるんだ、ラグネ!」
えっ、と僕は思って、自分の目元をぬぐいました。安心したせいか、涙を流していたんですね。そのことに気づいて、慌てて顔を背けました。泣き顔を見られたくなかったんです。キンクイさんとロンさんがなごやかに笑いました。
でも、そのことで僕は、視界に映る一匹のドラゴンに気がついたんです。炎をまとい、翼をはためかせ、こちらへ飛翔してくる危険な存在。僕はその正体に気がついて、仲間へ叫んだんです。
「じゃ、邪炎龍バクデンです! こっちに向かってきます!」
邪炎龍バクデン。人間たちが龍のなかでも王様と呼んでいる、最大最強のドラゴン。「狙いをつけられて生き残った冒険者はいない」と呼ばれるほどの、圧倒的な強さを誇る、勇壮無比な魔物……!
おそらく仲間の龍に僕らのことを知らされ、怒り狂って飛来してきたのでしょう。あのスカッシャーさんがうろたえます。
「お前ら、逃げろっ! それがしが相手をする!」




