0149魔法陣破壊作戦06(2091字)
「タリアさん、ごちそうさまでした。……ところでスライムたちは誰がせき止めてるんでしょう? それとコロコさんとニンテンさん一家はどこにいるんですか?」
「ニンテン一家については、ケゲンシーが言うにはコルシーン国王城の城下町に避難しているらしいよ。コロコについては……」
タリアはおかしくて仕方ない、とばかりに白い歯を見せた。
「コロコについては、凄い力を手に入れて、今スライムたちをせき止めてるよ。西の門でね」
「ええっ!?」
ラグネは仰天してひっくり返りそうになる。そのようすをタリアに爆笑されながら、ラグネは慌てて靴を履き、部屋の外へ飛び出した。
コロコさん……!
数週間前、マリキン国ケベロスの街ニンテン邸にて別れて以来、何度彼女の顔を見たいと思ったことか。このロプシア王国王都でスライムたちに相対していた間、何度彼女の無事を願ったことか。
生きている。それはルミエルに聞いて分かっていた。だが、まさかこの王都の最前線で戦っていたなんて。僕が寝ていたときも、食事を取っていたときも、コロコがあの黒い海を押しとどめてくれていたなんて。
城から走り出て、そこそこのスペースに飛び込むや、一気に黄金の翼を広げた。
コロコさん……!!
朝日と反対側の方角へ飛び、囲壁の歩廊を飛び越える。きょろきょろ周りをうかがった。
「コロコさーんっ!!」
その姿はすぐに確認できた。デモントとケゲンシー、ルミエル、僧侶たちの中央で、右拳から光の弾を放ち、スライムたちに風穴を開けている。ラグネは滑空して彼女の近くへ降り立った。
「コロコさんっ!」
1ヶ月も経っていないのに、もう10年ぐらい離れ離れだった気がする。向こうもこちらに気がついた。
「ラグネ! もう大丈夫なの!?」
「はい、おかげさまで……!」
心臓がどきどきする。おかしいな、前みたいに気楽に話せない……
「ひどいやルミエルさん。教えてくださらないんだから」
窮したラグネが矛先を向けると、ルミエルが微苦笑した。
「ごめんね」
コロコがラグネの右手を取り、自分の左頬に押し当てる。ラグネは全身の血管が熱くなった。
「ラグネ……。えへへ、久しぶり」
「お、お久しぶりです」
金色の両目がラグネの視覚を射抜き、心に突き刺さる。
「私、強くなったんだよ。きみに足手まといって言われたから……。きみをこの手で守りたかったから……。だから、この力を……!」
コロコが口をつぐんだ。もうこれ以上抑えつけられない、とばかり、その表情がくしゃくしゃになる。両目に涙が湛えられ、美しい光の粒が頬を滑り落ちた。
そして次の瞬間、ラグネとコロコは、お互いを強く抱き締め合っていた。
「ありがとう、コロコさん。ありがとう……!」
「ラグネ……! 会いたかった……死ぬほど……!!」
自分の両腕のなかにコロコがいる。それ以上、ラグネにとって幸せなことはなかった。そして、きっとコロコも。
「コロコさん……」
「ラグネ……」
相互の視線が交錯する。コロコは目を閉じた。その唇が輝いている。ラグネは心臓の鼓動に急かされるまま、自分の唇を、そっと重ねようとした。
「そこまでっ」
いきなり肩をつかまれてコロコと引き離される。ルミエルだった。少し苛立ったようにふたりを分ける。
「のん気にしている場合ではないよ。ほら、スライムたちが迫ってきている」
ルミエルは剣を引き抜くと、その真っ赤な刀身を魔物たちへ軽く振った。すると前方に炎の壁ができあがり、スライム群の侵攻を抑える。刀身が鈍い銀色に戻った。
「僕の剣は『火の剣』。炎を放つ武器だよ。一度使うと刀身が白くなる。徐々に赤く戻ってくるけど、それまでは今みたいな炎が出せない。中途半端な代物なんだ」
そこへタリアの背中に乗ってイヒコ王が現れる。ラグネの顔を見て安堵のため息をついた。
「馬鹿者。タリアから聞いたぞ。急に個室を飛び出したそうじゃないか。心配するだろ」
ラグネは頬を上気させて陳謝する。
「すみません」
イヒコはデモント、ケゲンシー、コロコ、ルミエルにスライムをせき止めるよう指示した。それを横に、ラグネに今回の作戦内容を話す。
「……というわけで、タリアの手足にコロコ、ラグネ、ルミエルがつかまって、『影渡り』ではるかマリキン国のケベロスの街近郊を目指す。そして魔法陣を破壊するんだ」
生真面目な顔つきでラグネの肩をつかむ。
「これはスライムたちが勝つか、人間たちが勝つか、瀬戸際の生存競争だ。頼むぞ」
ラグネは疑問符を打ち出した。
「留守はどうするんです? スライムたちは間断なく攻めてきますよ」
「心配するな。デモント、ケゲンシー、魔法使いたちで何とかする」
ラグネは頭を振る。あまりにも楽観的だったからだ。
「絶対無理です。僕かコロコさんがいなかったら、この王都はいつか攻め落とされます。これは確実ですよ」
イヒコ王は悔しそうにうなった。
「しかしだな……。もう王都の食糧も底を尽きかけている。コロコとラグネのどちらかひとりだけ行かせて、作戦失敗したとなったら、これはもう目も当てられんぞ」
そのときだった。
城門の塔から、初老の男が頭を出して叫んできたのだ。
「ラグネ殿! イヒコ陛下! 小生はムラマーと申す! 上より失礼!」




