0148魔法陣破壊作戦05(2126字)
ルミエルはラグネの両肩をつかんで、彼を再びベッドに横たえさせる。そして椅子に腰かけ直した。これは口にすべきかどうか悩んでいた事実を打ち明ける。
「実は、僕のような『神の聖騎士もどき』は短命でね。僕の命はたぶん、あと3、4日しか残っていないんだ……」
ラグネは話についていけず、「えっ……」と疑問符を描くのみだった。
「ラグネくん、僕の左胸にも赤い宝石『核』が埋め込まれているんだ。それによって人間の体を保持しているんだけど――この体は捨て駒としてのまがい物さ。いずれ崩壊してしまうようなんだ」
「それは……死ぬ、ということですか?」
「そうだよ」
ラグネは困惑を隠しきれない。ルミエルはそんな表情を見て、コロコがラグネを好きな理由の一端を垣間見た気がした。
「ルミエルさん、僕は僧侶の魔法が使えます。気休めにしかならないかもしれませんが、かけさせてください」
「いや、いいんだ。どんな手を尽くしても、この体の崩壊は止まらないんだからね」
「そ、そうですか……」
ルミエルはまた少し、『人間』が好きになる。
「こんなつまらない話を聞かせてごめん。だけど誰かに言わずにはいられなかった。そして本物の『神の聖騎士』であるきみになら、打ち明けても僕の誇りは傷つけられない。そう踏んだんだよ」
ラグネは言葉をかけあぐねたか、ルミエルをただただ見つめてきた。ルミエルは目を細める。
「生まれてから今までは、人間は面白い、人間の命は尊い、それを教えられた毎日だった」
ラグネの手をぽんと軽く叩くと、立ち上がった。
「スライムたちならしばらく問題ない。きみはもう少し寝ていたほうがいい」
扉へ歩きかけて、最後に振り返って微笑む。
「今の話は、コロコやほかの人には内緒にしておいてくれ。それじゃ」
そしてルミエルは、部屋から出ていった。
光弾を放つ武闘家コロコと、悪魔騎士で三叉戟の使い手デモント、悪魔騎士で無詠唱魔法の行使者ケゲンシー。彼女らの活躍で、スライムの群れはその勢いをだいぶ削ぎ落とされていた。
西の跳ね橋を背にした3人は、それぞれの得物で液体生物たちを打ち砕く。具体的には、コロコの光弾で大きく雑に穴を開け、それをケゲンシーが『雷撃』の魔法で補完する。そしてデモントが極端に伸ばした三叉戟で横なぎし、残りをまとめて殲滅する、といった具合だ。
今は僧侶たちもついて、疲れてきたら『回復』の魔法でリフレッシュさせてもらっている。ラグネのような、極度の精神的疲労や全身の慢性的な困憊もない。まだまだ3人は王都の守護者として活躍できそうだった。
「おーい!」
そこへイヒコ王が、翼を広げたルミエルの背中に乗ってやってきた。コロコたちの近くに着地する。
「魔法陣破壊の具体策が決まったぞ。聞いてくれ」
コロコとデモント、ケゲンシーは、スライムたちを吹っ飛ばしながら耳を傾けた。タリアの『影渡り』で魔法陣に近づき、コロコの光弾とラグネのマジック・ミサイルで攻撃する。帰りも『影渡り』……
デモントはすでに聞かされていたのでただうなずくだけだった。コロコとケゲンシーが首をひねる。
「どうやって液体生物の海に飛び出すんですか?」
イヒコはルミエルに視線を向けた。ルミエルはそれを受けて頭を振る。その様子に、コロコは疑念を抱いた。
「何か隠してるでしょ」
だがイヒコもルミエルも口をそろえる。
「何でもないよ」
デモントがイヒコ王をフォローした。
「なに、特別なアイデアがあるんだ。それはここで話すとできなくなる性質のもんなんだ。まあ安心しとけ、コロコ」
コロコは納得できなかったが理解はした。
「うん、とりあえず分かった」
ルミエルがかごを置く。なかにはパンと鶏肉、チーズに酒が入っていた。
「これは貴重な食事だよ。作戦の決行は明朝だ。それまでの夜間はラグネの休息に充てる。いいね、コロコ」
「うん、分かった。ありがとう、王さまもルミエルも」
「それでは引き続き頼む」
ルミエルの背にイヒコが乗り、ふたりは舞い上がって王都内へ消えていった。
僧侶たちの回復魔法で支えられながら、コロコは隠者ジーラカの部下リータの言葉を思い出す。
「使い慣れれば、さらに何倍もの威力・大きさ・射程の光弾を撃てるようになる」……
明朝までに2倍は強くなってやる。
コロコはさしずめ練習台とばかりに、スライムたちに光弾を放ち、技の修行としていった。
そして朝がきた。
ラグネはすっかり体調を取り戻し、上半身を起こして万歳のように両腕を伸ばした。こわばっていた筋肉がほぐれる感じがする。
ふと見れば、ルミエルがいた椅子には、代わりにタリアが座っていた。肘かけに頬杖をついて、こちらを眺めている。
「おはよ、ラグネ」
「おはよう、タリアさん。ひょっとして僕が目覚めるのをずっと待っていたんですか?」
「うん。でもついさっき食事を運んできたばかりだから、寝顔を楽しむのはそれほど長くもなかったよ」
ラグネはタリアから、柔らかい白パンと果物をもらった。それらをがっつくようにかじりつつ、ぶどう酒でのどへ流し込む。マジック・ミサイル放射中ではない食事など、いつ以来だろう。
すっかり平らげて、ラグネは穏やかな朝食を終えた。ほっと一息ついて、気になるのはコロコの現在地だ。この王都のどこに住んでいるんだろう?




