0147魔法陣破壊作戦04(2013字)
そのラグネは、ちょうどベッドの上で眠りから目覚めたところだった。手を伸ばせばすぐに壁へ接触するような、そんな狭い部屋のなかだ。頭がぼんやりして、隣で誰かが椅子に座ってこちらを見下ろしていることに、しばらく気がつかなかった。
「……あなたは?」
「僕はルミエルというんだ。よろしくね、ラグネくん」
完全に溶いた生卵のような、黄金の髪の毛。自分と似ている赤い双眸。年端のいかない美少女のような、すっきりした鼻筋と薄い唇。
そんなルミエルは、ラグネに手を伸ばして握手を要請してくる。ラグネは特に拒否する理由もないので応じた。
そこで、記憶が鮮やかに蘇る。
「スライムたち! スライムたちはどうなったんですか!?」
上半身を起こし、興奮してルミエルに問いかけた。そうだ。僕は歩廊の上でスライムと戦っていた。そして、どうなったんだっけ……?
「安心して。きみが倒れた後は、デモント、ケゲンシー、それからもうひとりがスライムたちを抑えている」
「僕のマジック・ミサイル・ランチャーなしで!? そんなことが可能なんですか?」
「うん、みんなが頑張っているからね。きみはここでもう少しゆっくり休んでいるといい。それだけの余裕が、今はあるんだ」
ラグネには信じがたい状況だが、ルミエルが嘘をついているようにも見えない。それに少しめまいがしたので、ラグネは素直にまた横になった。
ルミエルはそんなラグネに美しく笑いかける。
「それよりきみには聞きたいことがあるよ。ラグネくん」
「何でしょうか? 僕に答えられることなら何でも」
「きみは天使に祝福を受けた、本物の『神の聖騎士』なのかい?」
ラグネはルミエルを見上げた。特に何か別の狙いがあるわけではなく、ただ単純に興味本位で聞いてきているようだ。少なくとも、ラグネはそう感じた。だから正直に語ってみる。
「僕には記憶がないんですが、『生きた人形』のころに、何だかそんなことがあったみたいです。あっ、『生きた人形』というのはですね――」
「いや、よく知ってるよ」
知ってる? デモントさんかケゲンシーさんか、誰かに聞いたのかな。
ルミエルはラグネと握手したままだった手を離した。
「きみは僕の憧れだよ。僕はしょせん、『神の聖騎士もどき』だからね。天使に作られた粗製乱造な一体……」
「もどき? そせ……? それはどういう意味ですか?」
「捨て駒ってことだよ。捨て駒の聖騎士」
ラグネはまばたきする。ルミエルは失笑した。
「ああ、ごめんね。分からないよね。――天使はきたるべき冥王ガセールの人間界進出に対し、禁を破って急遽捨て駒を用意した。それが僕さ。本当はガセールと刺し違えるはずだった。でも……」
肩をすくめる。
「きみがマジック・ミサイルで魔法陣をひしゃげさせたことで、冥王の侵入はかろうじて防がれた。でもその代わりに、冥界の下等だが無限に近い液体生物たちの流入を許すことになったんだ」
「あの……」
ラグネは恐る恐る手を挙げた。いやな予感がしたからだ。
「ひょっとして、光の矢で魔法陣を壊さないほうが、結果的にはよかったってことでしょうか……? 僕がよかれと思ってやったことが、実は最悪だったっていう……」
ルミエルは一瞬呆けた後、お腹を抱えて笑い出した。素の彼が出た感じだ。
「あはは、大丈夫だよラグネくん。もし魔法陣を曲げなかったら、冥王ガセールが確実に出てきていた。そしてその後にスライムたちも、結局人間界に侵攻してきたことだろうね。きみは最悪の事態は防いでいたんだ。それだけは確実だから、そう怖がらなくていいよ」
ラグネはほっと安堵のため息をついた。ルミエルは目尻を指でぬぐう。
「僕はガセールと相打ちに持ち込むために誕生させられた。でもガセールは出てこない、代わりにスライムたちが出現してきた。僕の火の剣では魔法陣をビクともさせられない。僕はスライムたちに食われないよう、慌てて引き返して彼らから逃れた。僕にも黄金の翼があるのでね」
ラグネは目を丸くした。
「ルミエルさんも翼を使えるんですね」
「うん。もどきとはいえ聖騎士だからね。で、逃げる途中でとある人間たち4人を救ったんだ。それが武闘家コロコと傀儡子ニンテン一家だった……」
この名前にラグネは飛び上がって食いつく。
「コロコさんを!? ニンテンさんたちまで……! コロコさんたちは生きているんですね?」
「ああ、無論だよ」
ラグネは一番知りたかった情報を得て、感激のあまり泣き出してしまった。両目を手で押さえて号泣する。
「よかった……! よかったぁ……!!」
ルミエルはそれだけでなく、『コロコが今まさにこの王都の外で戦っている』と言いたかったが、ぐっとこらえた。そんなことを告げたら、ラグネはすぐに会いに行くだろう。だがルミエルの見たところ、ラグネはまだまだ万全ではない。さらなる休息が必要だと感じていた。
「ルミエルさん、コロコさんたちは今どこに?」
「なに、安全な場所でかくまわれている。きみは気にせず休むんだ、ラグネくん」




