0145魔法陣破壊作戦02(2057字)
「うむ。エイドポーン王は王城城下町を動かず、魔法使いたちを使って抵抗しているようだが……。やはり、スライムたちの出現する源である魔法陣を完全破壊しなければ、事態の収拾とはならないようだ」
だがどうやってスライムたちの群れを突破すればいいのか。思案投げ首の体だった。
コッテン国王は食糧担当大臣に話させる。
「イヒコ国王、この王都の食糧は逼迫しております。最新の計算によりますと、切り詰めに切り詰めても、この街の都民3000人が食えるのはあと1週間が限界です」
イヒコの顔に憂いの影が滑り落ちる。
「あと1週間……!」
「それだけではありません。現時点でも食糧の奪い合いが頻発しております。国庫の襲撃計画を我らが兵士たちが未然に防いだ、という事例すらあります。限界となる1週間より早く、国王打倒の暴動が起きて破滅へ転落する蓋然性はゼロではありません」
イヒコは肝を潰しながら大臣に質問した。
「東方から――ザンゼイン大公領から食糧を輸入する計画はどうなったんだ?」
「進めていますが、やはり商人組合の横槍があり、遅滞の憂き目にあっておるようです」
「愚かな……! この王都が陥落したら、次は自分たちの番になるだけだというのに……!!」
コッテン国王が手振りで大臣を下がらせる。いや、それだけではない。彼は何と、王室にいた大臣、小姓、近衛兵、すべてを退室させた。部屋はイヒコとコッテンのふたりだけとなる。
イヒコは目をしばたたいた。意図を測りかねてコッテンに尋ねる。
「どうしたのだ?」
「最終的には、逃げよう」
「は?」
コッテンはずる賢い笑みを見せた。やや悲しげでもある。
「ラグネ、デモント、タリアには黄金の翼がある。いざとなったら僕とイヒコ王、ふたりだけでも、彼らの協力を得て退避しよう。都民を見捨てて……」
露悪的な提案だった。イヒコはその考えを一蹴する。
「滅多なことを言うものじゃない。もし俺が最初からこの王都を見捨てていれば、ここにこうして戻ってくることもなかっただろう。今のは聞かなかったことにする。俺は疲れた、少し自室で休むぞ」
イヒコは謁見室を荒々しく出ていった。その苦悩は深い。
それからさらに3日が過ぎた。スライムたちの群れは、ラグネたちの頑強な抵抗を嘲笑するかのように、尽きることなく迫ってくる。
「も……もう駄目……だ……」
ラグネの精神力はとっくに限界を超えていた。光の矢が途絶えて光球が消える。眩暈を起こし、のこぎり型の狭間へと倒れ込んだ。
「ラグネさんっ!」
当番の僧侶が慌てて手を伸ばす。しかしそれは空をつかみ、ラグネは意識を失って歩廊から外へと転落した。
「ラグネさーんっ!」
ラグネが頭から真っ逆さまに落ちていく。その頭蓋骨は、地面に当たってかぼちゃのように砕け――
なかった。
デモントが羽を生やし、空中でラグネを間一髪キャッチしたのだ。
「あ、危ねえっ! おいラグネ、大丈夫か!? しっかりしろ!!」
着地してラグネの頬を叩くが、びくとも反応しない。そこへ僧侶の声が降ってきた。
「デモントさん、逃げて! 逃げてください!」
デモントは、スライムたちがすぐそこまで接近していることに気がつく。泡を食って舞い上がった。
だが。
「うわっ!」
先頭のスライムが伸ばした手が、デモントの足首をつかんでいた。デモントとラグネは、無情にも引きずりおろされる。
「やばっ……!!」
デモントがスライムの大口を前に焦ったときだった。
閃光が走る。最前線の液体生物たちが炎に包まれた。何が起こったのか理解できず、ただ呆然とするデモントへ、柔らかい声がかけられる。
「大丈夫かい?」
直後に翼を広げた少年が宙に現れた。今の炎の壁は、彼が剣を振って起こしたものらしい。
「まさか……悪魔騎士か!?」
「違うよ。僕はルミエル。『神の聖騎士もどき』さ」
デモントがまだ何か言おうとする横へ、金の羽を羽ばたかせて舞い降りてきたのはケゲンシーだった。無詠唱魔法で『雷撃』を放つ。スライムたちが核を打ち砕かれて吹っ飛ばされた。
そのケゲンシーの背中から降りたのはコロコだ。デモントの腕のなかで昏睡するラグネに、驚いて駆けつける。
「ラグネ! どうしたの!? しっかりして!」
泣き出す一歩手前の顔で、ラグネの肩をつかんで揺さぶった。デモントは押しのけるようにやめさせる。
「安心しろ、生きてるよ。ただ疲れすぎて眠ってるだけだ」
「ホントに?」
「ああ」
コロコは大きくため息をついて、その場に座り込んだ。安堵したのだろう。
「よかった……」
そして一転、スライムたちをにらみつける。
「許せない……!」
立ち上がり、右拳を黒い波へ向けて構えた。デモントはコロコが何をやっているのか分からない。
「おいコロコ、お前の格闘技じゃスライムは倒せないぞ。早く俺につかまれ。ラグネと一緒に城内へ運んでやるから……」
次の瞬間だった。コロコの拳から巨大な光弾が発射されたのは。
それは液体生物たちの群れへ炸裂し、大きな穴を開ける。デモントが驚きで声も出なかった。ケゲンシーが意地悪く微笑む。
「コロコは私やあんたより強くなったのよ。ね? コロコ」




