0143隠者ジーラカ08(2037字)
「泣いてるの、ルミエル……?」
ルミエルは自分の涙に自分が一番びっくりしていた。
「これが……僕の涙……」
リータがコロコを再び肩に担ぐ。
「ちょっと、リータ! 自分の足で歩けるって!」
「そうは見えんぞ。大人しくしてろ」
3人はジーラカとケゲンシーが待つ居間に向かった。まだ話し合っている。ジーラカもケゲンシーも、コロコの生還に驚いていた。
「乗り越えおったか! あの魔法の薬を全部飲んで生きてた奴は、コロコ、あんたが初めてだよ」
ケゲンシーはコロコと拳を合わせる。
「見た目は前と変わらないようですが……どんな力を得たんでしょうね」
ジーラカがコロコに回復魔法をかけた。コロコはリータの肩から降りると、元気よく右肩を回す。
「何だかさっきから右腕が熱いんだ。さっそく外へ行って試してみよ……」
「大変です!」
外から私兵のひとりが慌てて駆け込んできた。
「忍者たちが攻めてまいりました! 現在私兵隊と交戦中です!」
ジーラカが眉をひそめる。
「忍者どもめ……! 2年前にこっちが勝ってからというもの、いったんは大人しくなっていたんだけどね。またこの大山岳地帯中央の覇権を取り戻そうとしてきたか」
鶏肉を噛み千切った。
「リータ! 敵を殲滅しな! コロコ! ケゲンシー! ルミエル! お前らはリータたちを手伝いな! それ、早く行け!」
私兵隊とともに、コロコたちも外へと一気に飛び出す。ジーラカに命令されるいわれはなかったが、世話になったお返しとして助けるのは自然な心の動きだった。
洞窟の外はえらい騒ぎになっている。忍たちは蟻の群れのようで、肉体強化された私兵隊に対し、ひとり、またひとりと集団攻撃に絡め取って殺していった。
ケゲンシーは呪文書を右手に発生させ、左手を開いたページにかざす。そして左の指先を忍者たちに向けた。
「『風刃』の魔法!」
真空の刃が対象を切り刻む――はずだった。ところが。
「『魔法防御』の魔法ですね……!」
忍者の誰にも、それは弾き返される。彼らはあらかじめ『魔法防御』の魔法を自分たち自身にかけており、あらゆる魔法を封じていたのだった。
もちろん、接近して結界内に潜り込めば、魔法を効かせることは可能だろう。だがそんな距離まで近づけば、先に忍者刀で刺殺されてしまうに違いなかった。ケゲンシーは慌てて洞窟内に戻る。
いっぽう、ルミエルはむごい殺人の応酬たる戦場を前に、ひたすら思い悩んでいた。
「人間は人対人同士でも争うのか? これもまた人間なのか……」
3人のなかではひとり戦意旺盛なコロコは、左右の篭手で忍者たちをぶん殴っている。リータ率いる私兵隊との連係も取れていた。
「ああ、熱いなぁ……!」
コロコは右手から篭手を外す。何か凄い力が右腕一杯に宿っている、そんな気がした。
忍者たちがコロコを次の標的にしたらしい。一斉にかかってきた。それへ向けて、コロコは右拳を突き出す。ほとんど無意識の所作だった。
次の瞬間、拳から光の塊が飛び出して、直線上にいたものすべてを粉砕する。光弾はそれだけに飽き足らず、向かいの山の中腹に丸い穴を開けて、さらに先まで飛んでいった。
忍者たちは恐れをなして逃げていく。コロコは発射の反動で尻餅をつきながら、呆然としていた。これが、この凄まじい威力の光弾が、自分の新しい力か。スライムたちに対して、これなら有効だろうと思うと、頭のなかでわだかまっていた苦悩がすべて消し飛んだような気がした。
リータがはしゃいでいる。
「たぶんそれ、使い慣れれば、さらに何倍もの威力・大きさ・射程の光弾を撃てるようになるよ」
リータたち私兵隊とコロコの活躍によって、忍者たちはほうほうのていで退散した。ジーラカの側に勝利の凱歌が上がる。
「ざまあみやがれ!」
「今の光弾すげえぞ! 忍どもがびびりやがった!」
「俺たちの勝利だ! おとといきやがれ!」
相手側の間諜として、捕縛・連行されてきたのは、なんと老人スボンだった。
「痛い! わしは老人じゃぞ! もっといたわれ!」
話によると、忍者たちからジーラカの洞窟内のようす――兵士は何人か、ジーラカやリータは健在か、など――を把握・報告するために、はした金で引き受けたらしい。腰痛を治すついでの雇われだった。
スボンは独房に閉じ込められた。ジーラカによれば、これから尋問して忍者どものアジトを吐かせるつもりだそうだ。
コロコは少し気の毒になった。スボンが年老いすぎている、というのもある。何より、彼がいなければこの『逆さま山』にはたどり着けなかった。その恩があるのだ。
「あんまり手酷くやらないでね」
ジーラカは「スボン次第だよ、そんなもん」とそっけない。彼女は死者の火葬の準備を部下に命じた。この山では火葬が弔いの方法らしい。
こうしてコロコ、ケゲンシー、ルミエルは洞窟を後にした。大勢の私兵隊員たちに見送られながら、3人はロプシア王国王都――ラグネがまだ頑張ってスライムたちを抑えているはずだ――へ向かって飛翔していく。
ケゲンシーの背中に乗りながら、コロコは好きな人との再会を心待ちにするのだった。




