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0142隠者ジーラカ07(2008字)

 コロコは短剣を握っている。さっきリータから渡されたものだった。死にたくなったらそれで自分の喉を突くように言われている。


 これで、喉を、突く……


 そうすればもう苦しまなくて済む。何て魅力的なんだ。コロコは短剣の先端を喉にあてがって――すぐに放り捨てた。


 ラグネが生きていると分かったのに、これで私が死んでたらただの馬鹿だ。絶対に、絶対に生きてラグネと会うんだ……!


 あまりの痛み苦しみにも、一切涙を流さず、コロコは奥歯を噛み締めた。




 ジーラカはケゲンシーからスライムについて聞き終わり、難しそうな顔をした。ゆで卵を咀嚼(そしゃく)してから、ゆったりと背もたれに身を預ける。


「ずいぶん厄介な魔物たちだね。まあ、この大山岳地帯はそいつらの出現場所からだいぶ離れているし、当面心配はなさそうだけど……。放っておけばいずれ雪崩れ込んでくるだろうね。ロプシア帝国の連中に何とか切り抜けてもらうしかなさそうだ」


 ジーラカ、ケゲンシー、ルミエルは、用意された食卓と、運ばれてきた料理を前に会食していた。おもにジーラカがケゲンシーに質問し、それにケゲンシーが答える形で話は進んでいる。


 ラグネという少年がロプシア王国王都で、今もスライムたちをせき止めているであろうこと。ケゲンシーとラグネは、赤い宝石を心臓とした『生きた人形』が元であったこと。魔王アンソー討伐に、ラグネたちが貢献したこと――


 さまざまな話題について、ジーラカは興味深そうに聞いていた。


 いっぽう、ルミエルは料理に手をつけず、ただうなだれている。その様子にケゲンシーが首を傾げた。


「どうしました? 食欲がないんですか?」


 ルミエルは血の気が引いた顔をふたりに向ける。なじるように訴えた。


「どうしてふたりは気楽に話せるんだい? コロコが今も生死の境で苦しんでいるというのに。どうして、どうして平静でいられるんだ? 僕は信じがたいよ」


 ジーラカは運ばれてきた鶏肉(とりにく)の皿を受け取った。


「あの魔法の薬を、あろうことか全部飲み干したのはコロコの判断だ。あれが彼女の意志である以上、放っておくしかないだろうに。何を馬鹿なことをほざいてるんだい」


 ケゲンシーも同調した。


「ジーラカさんの言うとおりです。それに私は、以前コロコさんに鼻を折られて、失神するほどの激痛をもらいましたからね。多少は苦しんでもらわないと」


 くすりと笑う。ルミエルはそれに少し怒りを覚えた。


「様子を見に行ってくるよ」


 ルミエルは椅子から立ち上がると、コロコとリータが消えた扉へと歩き出す。ジーラカが釘を刺してきた。


「コロコは自分で納得して薬を飲んだんだ。無粋な真似をするんじゃないよ。どうせ鍵がかかってるから開けられないだろうけどね」


 ルミエルは扉を開けて、薄暗い奥へと忍び込む。コロコの苦しみうめく大声が、ここからでも聞こえてきた。それを頼りに先へ進むと、やがて音源たる部屋が見えてくる。


 その前ではリータが椅子に座り、しかめっ(つら)で扉を凝視していた。ルミエルの登場にますます顔を歪ませる。


「何の用だい、あんた」


「コロコを助けにきた」


 ルミエルは扉の向こうからひっきりなしに聞こえてくる苦悶の声に、背筋が寒くなった。


「もう一刻ほど彼女は苦しんでいる。このままでは最悪、死んでしまう。今すぐここを開けてくれないか? 僕がコロコを吐かせてあげるから」


 リータは失笑して応じない。


「あんたはコロコの仲間なんだろ? 仲間を信じてやれないでどうするんだ。今あんたがなすべきは、彼女を挫折(ざせつ)させることではなく、応援してやることじゃないのか?」


「仲間……」


 ルミエルは扉の前まで行って両膝をつき、ドアを叩いた。そして叫ぶ。


「頑張れっ!」


 自分でも意外なことに、その台詞は違和感なく飛び出した。


「頑張れ、コロコ、頑張れっ!」


 そうして気がつく。助け合い、(はげ)まし合い、そして諦めず挑戦する。それが人間という生き物なんだ、と。


 ルミエルは繰り返し扉に拳をぶつけ、ただひたすらコロコを応援した。




 どれくらいの時間が過ぎただろう。それは唐突に訪れた。


 コロコの苦痛の声がやんだのだ。


 ルミエルは目の前のドアを呆然と眺めた。まさか、コロコは死んでしまったのではないか。その恐れで胸郭が満たされる。背後でリータが立ち上がる音がした。


「終わったようだな」


 彼女は合鍵で施錠を解除する。扉を開けた先には――


 あぐらをかいて座り、自分の胸を撫でてぼんやりしているコロコの姿があった。


「痛みが……完全に消えちゃった。私――生きてる……」


 リータがにやりと笑った。


「試練を潜り抜けたみたいだな」


 ルミエルはほっとして、その場にへたり込んだ。全身の力が抜けたように、手足に力が入らない。


「よかった。本当によかった……!」


 それだけ口にした。コロコがルミエルに会心の笑顔を向ける。


「激励してくれてありがとう、ルミエル。ちゃんと聞こえてたよ」


 ルミエルは安堵とともに、自分の両目から熱い水が湧き出しているのに気がついた。コロコが目を丸くする。

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