0140隠者ジーラカ05(2004字)
「へえ、こいつは凄えぞ。『昇竜祭』武闘大会の今年度の優勝賞金だってさ。残りは4000万カネーぐらいかな」
室内がざわつく。どうもこの大山岳地帯までは、武闘大会の結果も届いてはいないらしかった。
ジーラカがコロコに再び声をかける。落ち着いた口調だった。
「面を上げな、コロコ」
コロコはそうした。ふたりの視線が交錯する。
「コロコ、あんたは武闘大会で優勝するほど強いじゃないか。それでも『強化』したい、という。それはなぜだい? 理由を教えな」
コロコは嘘やいつわりを言えば即座に断られるな、と感じて、正直に述べることにした。もともとそのつもりだったが。
「今、マリキン国からあふれ出た液体生物の群れが、この大陸を席巻しつつあります。それにひとりで立ち向かってる男の子がいるんです。私は彼の力になりたい。でも今の私の強さでは、彼の足手まといにしかならなくて……」
拳を強く握り締める。
「強くなりたいんです。誰よりも……! お願いします!」
再び頭を深く下げた。人間は感情を他人に見せることができない生き物だから、態度と行動で示すしかない。コロコは額を地面にすりつけて土下座した。
「やれやれ、仕方ないね」
根負けした、とばかりにジーラカがつぶやく。
「もういいよ。あんたの意志の強さは分かった。じゃあ今回は特別に強くしてやる。強くしてやるから、後で現ナマを持ってくるのを忘れるんじゃないよ」
コロコは喜色満面で飛び上がった。
「本当に!? ありがとうございます!」
ジーラカはスボンにも優しい声音で話す。
「お前も大負けに負けて治してやる。ありがたく思いな」
「よっしゃ!」
老人はコロコのようには飛び上がれず、腰を押さえて痛がった。
ジーラカが面白そうに人差し指を立てる。
「ただし、そう簡単に強くなる秘薬を渡すつもりはないよ、コロコ」
「えっ」
「あんたが本当に武闘大会優勝者なら、うちの私兵隊長リータと互角に戦えるはずだ。そうだな?」
コロコはリータを見やる。左腕がない彼女だが、その筋肉質な体といい太い右腕といい、かなりの実力がありそうだ。だが、もちろんコロコはひるまなかった。
「はい、もちろん!」
「よし、ならばその力を見せてみろ。リータ、コロコの相手をしてやりな。わらわが止めるまで戦うんだ、いいね?」
「承知しました」
「コロコ、リータと五分の戦いができたら薬を飲ませてやる。その篭手はつけたままでいいよ。分かったね?」
「うん!」
スボンやケゲンシー、ルミエル、私兵隊員たちが、壁際に退いて空間を作る。老人スボンは薬を受け取ってすでに帰っていた。
「始め!」
ジーラカの合図で戦闘が開始された。
コロコは間合いを計りつつ、右の鋭い中段蹴りを放つ。リータは左腕がないため、決まりやすい攻撃といえた。
「ふん!」
しかしリータは半身になりながら、ごつい右腕で素早くガードする。そのときの、コロコのすねに走った衝撃たるや!
「ぐっ……」
骨まで響く痛みに、コロコは一瞬すねが折れたのではないかと疑った。いや、大丈夫だ。しかしコロコは、これで無闇に右中段蹴りを出せなくなった。
リータが右の拳を大振りで飛ばしてくる。コロコは素早いフットワークでかわしたが、リータは諦めない。やがてコロコは壁際へと追い詰められていった。周りの私兵隊員たちが慌てて下がり、スペースを空ける。
「おらっ、寝ちまいな!」
リータの右腕が膨れ上がった。危険を察知したコロコは、相手の突きをすんでのところで横転してかわす。直後、ものすごい轟音とともに、洞窟が振動した。
見上げれば、リータの拳が壁に大きな穴を開けている。とんでもない威力だった。あんなのをもらったらひとたまりもなく死んでしまうだろう。コロコは立ち上がったが、恐怖で膝が笑っていた。
リータがその様子を見て口角を吊り上げる。
「ふっ、分かったかい、実力の違いが。さあ、今度こそお寝んねさせてやる!」
先ほどまでと同様、追うリータ、避けるコロコといった図式が成立した。しかしひとつ異なる点がある。それは、リータが右拳のフェイントとして、下段蹴りを散発的に放ち始めたことだ。
「痛っ……!」
コロコは膝を曲げてカットするが、たいていの場合は間に合わず、太ももやふくらはぎにもらってしまう。これが結構効いて、コロコの敏捷性は痛みとともに衰えていった。
周囲の見物人も盛り上がってくる。
「いいぞ隊長!」
「何が武闘大会優勝者だ! リータさまこそナンバーワンだ!」
「やっちまえ、リータ隊長!」
そのなかに紛れて、ケゲンシーの応援がはっきり聞こえた。
「頑張って、コロコさん!」
コロコは右の拳を一発ももらわないよう注意しながら、リータに頑として抵抗した。彼女の左足へ下段蹴りを返していく。
負けられない。これは単に自分だけの問題ではなかった。『昇竜祭』武闘大会に出場した、本選の16名のみならず、予選も含めた全参加者のためにも。コロコは、ここでぶざまに敗退するわけにはいかなかったのだ。




