0139隠者ジーラカ04(2036字)
「この若い奴らは何ものだ?」
「ジーラカさまに何か用か?」
どうやら彼らは隠者ジーラカの私兵隊員らしかった。その証拠に腕が丸太のように太くなっている。『強化者』という奴だ。私もああなるのかな、とコロコは少し不安になる。
ケゲンシーが兵士に問いかけた。黙っていられない、とばかりに。
「何で私たちの翼を見ても驚かないんですか?」
「驚いてほしかったか?」
「少し」
その兵士は気さくに笑う。
「ジーラカさまのおそばにいれば、今さら翼ごときでびっくりしないよ」
スボンが片手で杖をつき、もういっぽうで腰を押さえた。
「あいたたた……。ジーラカに会わせてくれ。腰に効く薬が切れちまったんじゃ。金なら用意しておる」
別のごつい兵士がコロコたちに尋ねる。
「で、お前らは? スボンのじいさんの付き添いか?」
コロコが一歩前に出た。胸に手を当てて訴える。
「私はコロコといいます。お金なら持ってきたから、どうか私を強くしてほしいの」
兵士が目を細めた。面白がっているようだ。
「ほう、若いのに感心なことだ。いいだろう、お前ら、来い」
兵士に囲まれて山を登っていくと、大きな洞窟が見えてきた。以前ギルドの依頼でのぞんだ、ゴブリンたちのそれを、コロコは思い出す。
内部は豪華絢爛だった。ロウソクとたいまつの火に照らされたそこは、真昼のように明るい。その光という光が金銀の装飾品に当たって散らばり、目がちかちかするほど鮮やかだった。
そして、そこには体の一部が肥大化したもの、頭や胴が獣のそれと化したもの、コウモリの羽を生やして天井から釣り下がっているもの、などがいた。『強化者』なのだろうが、まるで魔物みたいだ。
彼らに守られている巨大な女がいる。二重顎に肥えた腹と、明らかに太りすぎだった。しかし当人は気にせず、ゆったりした白いローブをまとって豪奢な椅子に座り、黒猫を撫でている。きらびやかな宝飾を身にまとって、これ見よがしに見せ付けていた。
「あなたがジーラカさん?」
「愚問ね」
60代半ばらしい年齢の彼女は、目を細めてそう答える。隣に立っている30代半ばの――ジーラカに顔つきがよく似ている――女は、ジーラカの視線を受けてうなずいた。
隻腕の彼女は、丸刈りの頭に龍のタトゥーが入り、目の周りは化粧で黒く塗られている。耳にピアスをつけ、布地の少ない過激な黒い衣装だった。声を張り上げる。
「あたいは私兵隊長のリータだ。お前ら、ジーラカさまは願いをかなえる代わりに報酬をお望みだ。ここに来たからには、当然用意しているんだろうな?」
老人スボンが「どっこらしょ」とリュックを下ろした。なかから硬貨のぶつかる硬い音がする。
「10万カネーじゃ。腰を治してほしくてな。治療頼むぞよ」
ジーラカが黒猫を撫でる手を止めた。いかにも不服そうに眉間にしわを寄せる。
「たった10万ぽっちで腰を治してほしい? 全然足りないじゃないか。お前さん、わらわを舐めてやしないかい?」
「そ、そんな。前までは10万で診てくれたじゃないか」
ジーラカが突如大喝した。鬼のような形相に変化している。
「たわけがっ! お前さんがここによく来るせいで、腰の薬が足りなくなってきてるんだよっ! 20万カネーだ。20万カネー持ってきな。そうしたら診てやるよ」
「そ、そんな……!」
ジーラカはまたもとの顔に戻った。スボンの用事は終わったとばかり、コロコたちに視線を転じる。
「で、お前さん方は? 全員わらわの薬がほしいのかい?」
「いえ、私だけよ」
コロコは緊張しながら返事した。ボンボの持ち物だった肩掛け鞄を下ろし、なかから手形を取り出す。ボンボの遺骨がのぞいて、一瞬涙腺がゆるみかけた。だが気力でこらえる。
「ここに4000万カネーあります。これで私を『強化』してほしいんです。お願いします!」
「たわけがっ!」
再びジーラカが怒鳴った。顔面しわだらけだ。
「手形で4000万? あんた頭がおかしいのかい!? 現ナマだよ、現ナマ! 手形なんかじゃどこかの貴族と交渉しなくちゃならないじゃないか。この大山岳地帯でそんなもの無意味だね。無価値だ、無価値!」
「なっ……」
コロコは絶句した。左腕のないリータ私兵隊長が、前に進み出て威圧してくる。
「ほらほら、ジーラカさまの仰せのとおりだ。帰んな。じいさんもあんたらもな」
コロコはもちろん引き下がれなかった。ここで『強化』してもらわなくては、やってきた甲斐がないというものだ。何より、ラグネの足手まといのままでい続けることは耐えがたかった。
「お願いします!」
コロコはその場に両膝をつき、深々と頭を下げる。
「必ず後で現金に換えて持ってきます! ですから、今、今力が欲しいんです! お願いします、『強化』してください!」
必死の嘆願だった。リータがコロコの肩のあたりを軽く蹴りつける。
「つまらないことするんじゃないよ。帰んな」
ジーラカが「お待ち」と制した。
「……リータ。その手形は本物かい? 見てやりな」
私兵隊長は低頭したままのコロコを前に、手形を拾う。文面に目を通したらしく口笛を吹いた。




