0138隠者ジーラカ03(1993字)
「そういえばあなたはなぜ黄金の翼を持っているのです? まだ聞いてませんでしたが」
「僕は『神の聖騎士もどき』、ルミエルだよ。これ以上は言わない」
「何で?」
「秘密だから」
ルミエルは黒パンを使って、スープの皿を掃除するように食べていく。
「まあ、ラグネに会いたい気持ちもあるけど、今はコロコのなそうとしていることを見届けておきたいな。僕も同行するよ――まだ時間はあるだろうから。いいよね?」
こうして3人の行き先は、大山岳地帯の『逆さま山』にあるという隠者ジーラカの洞窟と決まった。
翌日、翼を広げたケゲンシーの背中に乗って、コロコは東へ東へと進んでいった。ルミエルもすぐ近くを気分よさそうに飛んでいる。彼もまたケゲンシー同様、高空を飛翔できないらしい。低空で山をかわしながら、3人は宙を翔けていった。
それにしても、山、谷、山と、中規模の山がまるで剣山のように多数そびえ立っている。もちろんある程度の大小はあるが、それも子供の背比べのような微妙さだ。初夏を迎え、草木の緑色が視界一杯に広がっていた。
ここが大山岳地帯――。コロコは少し夢見ているような気持ちになる。この前の海といい、今の峻厳な山々といい、本当に自分の世界はちっぽけだったんだなあ、と深く思わされた。
それにしても……。コロコが口を開くより早く、ルミエルがあくびをしながら問いかける。
「いったいどこなんだい、その『逆さま山』は?」
問いただされたケゲンシーは不快そうに唇を尖らせた。
「さあ。私も『逆さま山』の場所は存じません。ただ、その名前の山に隠者ジーラカが住んでいる、ということだけは分かっています」
「頼りないなあ」
コロコは不意にケゲンシーの肩を強く揺する。
「ちょっと! 今通り過ぎたところで、おじいさんがこっちに向かって手を振ってたよ! 行ってみようよ!」
「どうせ山賊なり盗賊なりの、悪党ですよ」
「そうは見えなかったよ。というか、このまま飛んでたら大山岳地帯を東に突き抜けちゃうよ。道を聞くだけでもいいと思うけど……」
ケゲンシーは少し考えて、その案を容れたらしかった。
「そうですね、では行ってみましょうか。……ルミエルくん! 戻りますよ!」
ふたりの羽を持つものはUターンする。山肌で、老人のつるっぱげの頭が陽光を反射していた。
「おお、戻ってきた戻ってきた! おーい! こっちじゃこっち!」
彼の体は棒切れのような色と痩せ具合だ。胡麻塩の髭を口の周りに生やしている。腰が痛いらしく、背を曲げたまま杖をついていた。黄色の衣服を着ていて、まるで仙人のような風格だ。
ケゲンシーとルミエルは老人のそばの岩棚に着地した。老人がよぼよぼ近づいてくる。リュックを背負っていた。何か入っているのか、重そうだ。
「これはおったまげたなあ。翼を生やす人間なんて、そうそうお目にかかれんぞよ! おぬしら一体何者じゃ?」
コロコが大きく端折って説明した。
「旅のものよ」
老人が何か言おうとするより早く、ケゲンシーが尋ねる。
「それでおじいさん、私たちに何用です?」
「ああ、実はわしを連れていってくれんかと思ってのう。そっちの男の背に乗せて、隠者ジーラカの居所に」
3人は顔を見合わせた。
「おじいさん、ジーラカの住む『逆さま山』の場所が分かるの?」
コロコが唾を飛ばさんばかりの勢いで迫ると、老人はやや気おされながらうなずく。
「ああ、もちろん。この近くじゃ。わしも用事があってのう、船頭を待っておったが……おぬしらが運んでくれたらすぐにでも行けそうだと思うてな」
ルミエルがさも当然のように、老人に背中を見せてしゃがみ込んだ。
「おじいさん、名前は?」
「スボンじゃ。さあ、出発じゃ!」
こうしてケゲンシーがコロコを、ルミエルがスボンをその背に乗せて、再び舞い上がる。
「なんで隠者ジーラカの住む山は『逆さま山』なんて呼ばれてるの?」
コロコが大声で質問すると、スボンも負けじとばかりに大声を返してきた。
「百聞は一見にしかずじゃ! ほれ、もうちょっとばかし右じゃ!」
老人スボンの指示で進んでいくと、奇妙な山が見えてくる。これから夏の盛りだというのに、ひとつだけ枯れ木だらけなのだ。コロコは納得した。
「季節が逆転しているから『逆さま山』……! なるほどね」
そのときだ。
「わっ!」
ケゲンシーとルミエルの間の空間を、一本の矢が通過していった。尋常ではない速さで、だ。『逆さま山』の山肌に、枯れ木に隠れて弓矢を構えている男たちがいた。
「降りてこい! 降りてこなければ、今度こそ当てるぞ!」
今のはわざと外したらしい。凡庸ではない練度だった。スボンが慌てて叫ぶ。
「わしじゃ、スボンじゃ! 怪しいものではない! 今降りるから討たんといてくれ!」
ケゲンシーとルミエルはスボン老の意思に従った。滑空して着地する。あちこちの木陰から、武装した男たちが続々と集まってきた。あっという間に囲まれる。
「何だ、スボンのじいさんじゃないかよ」




