0135神の聖騎士もどき03(1724字)
「何でスライムたちの近くにいたの? あいつらを駆逐しようとしたから?」
「……言いたくないな」
「あ、ごめんね」
コロコは相手の語調の変化を感じ取り、すぐ引き下がった。
ルミエルは水筒の水をあおる。固いパンがほぐれたか、ごくりと飲み込んだ。
「それより、ここはどこなんだい? きみたちはどこへ向かっている途中だったんだ?」
ニンテンが呆れたようにまばたきする。布製の地図を取り出し、彼に見せた。
「地理は分からないか? ここはマリキン国の南東、コルシーン国の北西だ。今わしらはコルシーン国王城の城下町へ向かっておるのだ。そこなら悪魔騎士4人たちから身を隠せるだろう、と……。今では『スライムたちから一時避難する先』となったがな」
「そうか、僕はマリキン国に誕――いや、滞在していたのか」
ニンテンが大きくあくびをする。その目で睡魔がうろついていた。
「わしはもう眠る。見張りの交替時間になったら起こしてくれ。最近は何だか左胸が熱くてかなわん……」
地図をしまうと、彼は横になる。すぐに寝息を立て始めた。
やがてターシャもクナンもルミエルも眠った。コロコは新しい薪を継ぎ足しながら、静かな夜を過ごす。
ボンボは死んだ。ラグネは行ってしまった。今は私ひとり……
と、そのときだった。
「コロコ。泣いてるのか?」
ルミエルが起きてくる。コロコは見られたくないところを見られて、慌てて涙をぬぐった。
「ん、ちょっとね」
ルミエルはコロコに這い寄ってきて、その手首をつかんで持ち上げる。
「ルミエル?」
そしてあろうことか、コロコの指を舐めたのだ。コロコは仰天する。
「ちょ、ちょっと……!」
「これが涙か。しょっぱい」
ルミエルはコロコの手を離した。そのさまは単純に、涙を味わいたかった、というだけらしい。
「何で泣いてた?」
コロコはまったく悪びれず質問してくるルミエルに、ある意味馬鹿負けした。頭をかきながら正直に答える。
「私にはふたりの仲間がいたの。親と同じぐらいに大切な友達が……。でも、ひとりが死に、ひとりが去ってしまって……」
また涙がこみ上げてきた。コロコはふぅ、と息を吐いて、それ以上の涙腺の決壊を食い止める。
ルミエルが腕を組んだ。理解できない、という印である。
「死んだ人はともかく、去っただけの人ならまた会えるじゃないか。それとも去るとは死ぬということか?」
「違う、違うよ」
コロコは首を振った。脳裏にラグネの顔が浮かぶ。彼と同じ赤い瞳を持つ少年に、何とか説明しようとした。
「私、去った人――ラグネが好きなの。だから、そばにいないのが――辛い」
そう、私はラグネが好き。コロコは言葉に出して、改めて実感した。ルミエルは首を傾げる。
「『好き』? 『好き』とは?」
心の底から不思議がっている。『好き』を知らない人がいることに、コロコはびっくりした。
「その人のことを思うだけで幸せだったり、その人が近くにいるだけで胸がドキドキしたり、その人と話すだけで心が温まったり……それが『好き』ってことよ」
「ふうん……人間って面白いな」
ルミエルは心底感心していた――コロコが呆れたことに。
「ルミエルは好きな女子とかいないの?」
「そんな人物はいないよ」
彼は澄まして頭を左右にした。そして別の角度から切り込んでくる。
「どうしてそのラグネは去ったんだい? きみに愛想をつかしたからか?」
「違うよ。『神の聖騎士』として、『悪魔騎士』4人を倒しに飛んでいったんだよ」
何気なく口にしたその台詞に、ルミエルは初めて感情らしきものを打ち出した。
「『神の聖騎士』? ラグネくんが? 本当かい、それは!」
コロコはその威勢にじゃっかん尻込みする。
「う、うん。本当だよ」
ルミエルは数瞬歯ぎしりすると、打って変わって紳士的な態度でコロコに要請した。
「ラグネくんに会いたい。話がしたい。もし彼が、本当に『神の聖騎士』であるなら……」
コロコは一応尋ねる。
「ルミエルにほかに用事がなければ、私と一緒に行こう。それで大丈夫?」
「もちろん。……でも、去った人を見つけることができるのかい?」
「それなら安心よ。ロプシア帝国の冒険者ギルドは、最新情報の集積所みたいなところだから」
夜明けとともに出発した一行は、夕暮れにはコルシーン国王城の城下町へたどり着いていた。




