0134神の聖騎士もどき02(1575字)
「魔物じゃないのか!? 目玉があるぞ! ものすごい数だ!」
木や岩、丘を乗り越え、覆い尽くし、魔物――液体生物たちの進撃が続く。あれに飲み込まれたら、無事ではすまないだろう――コロコは恐れをなした。
「逃げて! 全力疾走して!」
馬に鞭を与える。だが馬も生き物だ。次第に疲れが顕著になり、足が鈍ってきた。
「だ、駄目です! 追いつかれます!」
ターシャが悲鳴を上げる。スライムたちはわらわらと手を伸ばし、少しでも早くコロコたちを捕まえようとしてきた。黒い海はもう、すぐそこまで迫っている。
せめて自分がおとりになって、ニンテン一家だけでも逃がせないか――コロコが悲壮な決意を固めたときだった。
「今助けるよ」
凛とした声が上空から響く。舞い落ちてきた黄金の羽根が、コロコの鼻先をかすめた。見上げたとき、そこには金色の翼を広げた少年の姿がある。
「誰!?」
ラグネと同じくらいの歳だろうか。ふわりとした黄金色の髪で顔を三方向から包んでいる。赤い瞳はラグネを思わせる大きさで、鼻筋はすっきりして通りがいい。薄い唇ときめ細かい肌で、うら若き美少女と勘違いさせた。その手には紅蓮の剣が握られている。
彼はその武器を後方目がけて大きく振った。途端に真っ赤な火の壁が立ちのぼり、先頭のスライムたちが吹き飛ばされる。男の剣が白くなった。
しかし後続のスライムたちは諦めない。炎さえ突き抜け、コロコたちを追ってきた。だが勢いは先ほどより削がれている。
翼の男が指示した。
「この先に切り立った崖がある。そこまで行ったら僕が飛んで、きみたちを運び上げるよ。急いで」
コロコは大声で問いかける。
「きみ、名前は?」
「ルミエル」
ルミエルは、再び剣が赤く染まってきたのをみると、それを再び背後に振り抜いた。また業火の壁ができあがり、スライムたちがたじろぐ。進撃スピードはかなり衰えた。
コロコとニンテン一家は崖に到着する。ルミエルが剣を鞘に納めつつ翔けてきた。
「誰から運ぼうか?」
コロコとニンテンはハモる。
「ターシャとクナン!」
こうしてまずは断崖絶壁の頂上まで、ターシャ親子がルミエルにつかまって移動した。その間、コロコとニンテンは岩を背に、押し寄せてくる黒い波濤を恐怖の目で見つめる。
「お待たせ」
ルミエルがすぐそばに着地した。彼は左右の腕でニンテンとコロコを抱きしめる。スライムの腕が、もうあとほんの少しのところまできていた。
「お預けだよ、スライムくん」
ルミエルは舞い上がった。その足首に、スライムの手がかかりそうになった――が、寸前ですり抜けた。
こうしてコロコたちは、スライムの脅威から一時逃げ延びた。
「改めてありがとう、ルミエル。はい、食事」
焚き火の光を前に、コロコ、ニンテン一家、そしてルミエルは休息を取っていた。あれからひとつ谷を越えたことで、スライムたちの地鳴りも今は聞こえない。だが油断は大敵だ。警戒しながらの食事となった。
コロコはパンと干し肉をルミエルに渡した。彼は遠慮なくいただく。
「どうも」
ニンテンが水筒を回しながら尋ねた。
「きみはいったい何者だ? 『神の聖騎士』や『悪魔騎士』のような、元人形の人間か?」
「そんなところだよ。より正確にいうなら、僕は『神の聖騎士もどき』かな」
ルミエルはやや自虐的につぶやく。コロコは目をしばたたいた。
「もどき? 『神の聖騎士』じゃなくて?」
「うん」
「何で私たちを助けてくれたの?」
ルミエルはパンをかじった。
「人間を助けなくてはいけなかったから。スライムたちが急に鋭角的に南東へ向かったから、何ごとかと思って先回りしたら、きみたちがいたってだけだよ」
ターシャがクナンに果物を食べさせている。
「何にしても私たちの命の恩人ですよ、あなたは。ありがとうございました」
ルミエルはふっと微笑した。美しい笑みだった。
「助けてよかったなら安心した」
コロコはそもそもの疑問をぶつける。




