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0132通報04(2260字)

 デモントは、ザンゼイン大公にしてロプシア帝国皇帝ザーブラの居城へ到着した。出発から休憩を含めて2日。我ながら上出来なスピードだ。


 門番たちはさすがにデモントのことを覚えていた。過日、魔王アンソーを倒した『神の聖騎士』の1人が、彼であると気がついたのだ。実際には『悪魔騎士』だったのだが、それは教える必要はない。


「これはこれは! デモント殿、帝城へ何用で?」


「緊急事態だ。謁見室に通してもらいたい」


「では私が案内いたします。ただし皇帝陛下の前では、念のため両腕を後ろ手に縛らせていただきますが……」


「構わねえよ」


 罪人のような扱いにも不平を漏らさず、デモントは唯々諾々(いいだくだく)と従った。




「何、マリキン国がスライムたちに滅亡させられただと!?」


 皇帝ザーブラは玉座から立ち上がった。彼はデモントの話す異常事態に食いつき、その内容に体を震わせる。


「お疑いにならないので?」


 デモントは試しに聞いてみたが、返事は簡単だった。


「お前はラグネを助けた男だからな」


 ザーブラは玉座の前をうろうろ歩くと、不意に近衛兵に命じた。


「マルブン宮中伯ギシネ、イザスケン方伯ザクカら聖俗諸侯を会議室に集めろ。魔法使い一派『蜃気楼(しんきろう)』の総帥ムラマーも呼び寄せるんだ。早くしろ!」


「ははぁっ!」


「デモント、今の話を後でもう一度してもらうが、よいな?」


「はい」


 デモントは、あっという間にここまで動いたザーブラの賢明さに、心の底から安堵した。


 と同時に、ほかの連中は上手くやっているのかな、と思った。




 コルシーン国国王エイドポーンに謁見したケゲンシーは、上手くやれていなかった。苦労させられていたのだ。


「漆黒のスライムたちは、まさに大地を覆わんばかりで……」


「まあ、まあ」


 エイドポーンはケゲンシーが気に入ったらしい。壇上(だんじょう)から下りると、話を中座してケゲンシーの肩に腕を回す。


 彼はのっぽなのに足が短く、典型的な不細工顔だった。だが当人は絶世の美男子だと自分を過信しているらしい。鼻にかかった声でケゲンシーを誘った。


「どうだお前、僕の後宮に入らないか? とびっきり優しくしてやるぞ」


 周りの衛兵たちは見て見ぬ振りをしている。ケゲンシーは頬を寄せてくるエイドポーンの手をつねった。


「あ(いた)っ!」


「陛下、ことはコルシーン国の存亡にかかわる危機なのです。これに際して遊んでいる暇はありません」


 エイドポーンは手をさすりながら、それでも諦めない。


「気が強いところもいいな。僕は気の強い女が好きだ。それが僕に屈服する瞬間の快感は、得がたいものがあるからな」


 ケゲンシーはぞっとした。今すぐ無詠唱魔法で焼き殺してやりたいぐらいだ。


「話をお聞きください。スライム群はこうしている今も、着々とこの王都に迫ってきているのです。万全の防備と備蓄を……」


 エイドポーンはケゲンシーの手を取って握り締めた。


「そんな話は後でもいいだろう。そうだな、僕の(ねや)でじっくり聞こうか……」


 ケゲンシーはぶち切れた。


「いい加減にしろっ!」


 衛兵たちも大臣たちも、もちろん切れられた当人であるエイドポーンも、一斉にすくみ上がった。ケゲンシーは手を引っこ抜くと、憤激のまま叫んだ。


「今すぐ防備と備蓄! それから住民たちへの周知! 全部やりなさい! 今・すぐ・に!」


「はっ、はい!」


 エイドポーンは相手の剣幕に押されてうなずくしかできなかった。ケゲンシーはそれを確認すると、後はもう振り返りもせず、謁見室を出て行った。




 ドレンブン辺境伯トータには、タリアと、彼女に運ばれたイヒコが会見した。


 ドレンブン辺境伯領はコルシーン国の南部にあたり、名目上はコルシーン国国王エイドポーンの差配(さはい)下にある。しかし実際にはトータの手で運営されていた。


 ロプシア帝国の南端ということで、ドレンブンの街は暑く、また海に面して穏やかでもあった。イヒコは汗をかきつつ、冷えたぶどう酒をありがたがる。


「ともかく、俺はスライムをこの目で見てきたんだ。あれは尋常ではなかった。俺のマリキン国はもう終わってしまったも同然だ。それと同じ運命を、貴殿とここの住民にたどらせたくはない」


 トータは一笑に付した。老獪(ろうかい)な狐に似ている。


「何、スライムは液体生物なのだろう? ならばこの暑気で、ここへたどり着く前に蒸発してしまうだろう」


「しかし……」


「それにこの街がある限り、帝国領も領海も侵犯は不可能だ。今までどんな魔物も打ち倒してきたのだからな」


 トータは立ち上がり、窓の向こうに広がるドレンブンの街を眺めた。この城のあるじとして、誇り高そうに胸を張る。


 イヒコはタリアに耳打ちした。その上で、トータにこう告げる。


「貴殿は不明なものを恐れる気持ちが足りない。たとえば、貴殿はこれから大爆笑することになる」


 トータはイヒコに振り返った。奇妙なことをいうものだ、とその目が馬鹿にしている。


「大爆笑? なぜ俺が?」


 そのときだった。陽光の陰となるトータの胸から、タリアが上半身を出し、両手で彼の(わき)をくすぐり始めたのだ。


「ぶひゃひゃひゃひゃっ!」


 トータは大爆笑した。控えていた衛兵たちは、あまりのことに手が出せない。イヒコは()まして酒を飲む。


「もういいぞ、タリア」


「はぁい」


 タリアはトータの胸から飛び下りて着地した。イヒコはトータを(さと)そうとする。


「今のように、この世には想像を絶することが数多く存在する。俺がいうスライムたちも、まさにそれだ。奴らが蒸発するかどうかは分からぬが、せめて街の守備を固めるぐらいはやっておくに()くはない」


 トータは呆然としていたが、やがて素直にうなずいた。


「わ、分かった。貴殿のいうとおりにしよう」

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