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マリキン国王城の住人だった人々は、蟻の行列のように街道をとぼとぼ歩いていく。ラグネはその最後尾で、スライムたちが来ないか警戒していた。
ケゲンシーは黄金の翼を使って、ひと足先にロプシア王国の王都へ飛んでいっている。コッテン王に、マリキン国からの避難民を受け入れてくれるよう嘆願するためだった。
いっぽう、行列の先頭にいるデモントは兵士に声をかけられる。
「イヒコ国王が意識を取り戻されました。デモントさまを至急呼んでこい、との仰せです」
ろくな用事じゃなさそうだな、と思いながら、デモントはうなずいてそちらへ歩き出した。
「貴様、ふざけるなよ!!」
ほいきた、やっぱりね。デモントは耳を塞ぎたくなる怒声にしかめっ面をした。イヒコはその体のどこにそんな肺活量があるのかと、誰もが疑うような大声を連発する。
「俺は最後まであの城に残るつもりだったんだ! それを、俺を殴って気絶させて、むりやりこちら側へ運ばせるなんて……! 俺のメンツは丸潰れだぞ! おい、この馬鹿野郎! 分かっているのか!?」
長身のデモントは腕を組んで対抗心を丸出しにした。かっかするイヒコを前にすると、かえってこちらが冷静になれる。
「馬鹿はどっちだ。じゃああのまま国王さんを残していけば、このロプシア王国側に避難した住民たちの面倒は、いったい誰がみるっていうんだよ」
「それは……!」
イヒコは詰まった。デモントの言うことに一理も二理もあったからだ。だが負けを認められず、イヒコはわめく。
「『神の聖騎士』のお前らが住人の退去を手伝ったんだ! みんなお前らには全幅の信頼を置いている! 正直、俺は単なる人間だ。それに比べて、お前らには絶対的ではなくとも、スライムを倒す能力がある。お前らこそ適任だろうがっ!」
そこまで叫んだところで、イヒコの鼓膜を叩く音があった。それも複数だ。
振り返れば、イヒコの側近や小姓、兵士たちが泣いていた。耳に届いた声は、彼らのすすり泣く音だったのだ。
「陛下……すみませぬ。我々が至らないばかりに……」
「イヒコさま……どうか御自分をおとしめなさらないでください……」
「我々にはイヒコ国王が必要です……」
イヒコは振り上げた拳の持っていく先を失った。うなだれて足元に視線を落とす。無念そうに目を閉じた。
デモントはそんなイヒコへ諭すように語りかけた。
「能力を超えて物事を成し遂げようとする奴は、英雄ではなく愚鈍な馬鹿だ。それぐらいは分かるだろう? あんたはよくやったよ。立派な国王さんだ」
イヒコは静かに涙を落とした。
いっぽう、ケゲンシーはロプシア王国の王都に到着していた。ラグネとともに魔王アンソーを打倒した彼女である。その令名はロプシアの民にも伝わっていたらしい。
降下して翼をたたみ、入場の列の最先端に無礼にも割り込むと、さっそく周りから質問攻めにあった。
「あんた、『神の聖騎士』だろ! 魔王を3人がかりで倒したっていう……」
「何か国王陛下に伝達しに来たのか?」
「割り込まれるのは嫌だけど、それなりの任務を抱えてきたんだよな?」
「どうぞどうぞ、先に行ってくれ」
罪悪感を覚えながら、ケゲンシーはうなずく。
「ありがとうございます。では失礼」
門番たちに一礼し、早速目的を打ち明けた。
「国王コッテンさまへ言上したい案件がございます。どうぞ門内に入れてください」
「それはここで我々に話してはいけないことか?」
「恐れながら、私が陛下へ直接申し上げるべき事案か、と」
門番たちは目を見交わした。まあ魔王を倒したひとりだものなあ、と肯定的な意見が飛び出す。
「お願いします!」
ケゲンシーが頭を大きく下げることで、事態は決した。
「よし、通れ! 国王陛下のもとまでお前を連れて行こう」
「ありがとうございます!」
こうしてケゲンシーはどうにか謁見をこぎつける。
しかし……
「貴様、僕をたばかる気だな!?」
おもちゃのような不細工で、ださい格好をしているコッテン国王。彼はケゲンシーの報告で怒り心頭に発していた。
伝えられた情報に憤激したのではない。それを嘘だとみなして怒ったのだ。
「液体生物などという魔物はどんな図鑑にも載っておらぬぞ! そうだな大臣?」
老朽化した家屋のような老人が、うやうやしく頭を垂れた。
「さようでございます」
ケゲンシーはひざまずいて床を見ながら、内心でコッテンをののしった。前例がないのだから図鑑に載っていないのは当たり前ではないか。この能なしが。
それでも視線を国王に戻したときには、勤勉実直という名のマスクをかぶっていた。
「どうか私めを信じてください。漆黒のスライムの海は、いずれここまで到達します。その前に、イヒコ国王に率いられたマリキン国のものたちが、この王都にやってきます。それをかくまっていただきたいというのが、私めが訴えたいことなのでございます」
「ふん、信じられぬな」
イヒコ国王に書簡を作ってもらって、それを携えてきたほうがよかったか。いや、イヒコ国王本人を連れてくるほうがマシだったか。ケゲンシーは己の先走りを後悔した。
コッテンの激怒は収まらない。
「こいつは嘘つきだ。もしや僕をたばかろうとする列強の間諜か? いや、そうに決まってる!」
「こ、国王陛下、お待ちを……」
「おい近衛兵! こやつをひっ捕らえろ! 大逆罪で死刑にしてやる!」
室内の壁に沿って立っていた近衛兵たちが、ケゲンシーへと近づいてきた。
ここまで馬鹿だったとは……。ケゲンシーはやる気をなくして大人しく捕縛される。その気になれば呪文書を使った無詠唱魔法で、城内の人間を皆殺しにできる彼女だった。だがそれは最終手段であり、それをこの場で行使するつもりはない。
せめてイヒコ王とデモントがうまくやってくれることを願って、ケゲンシーは地下牢へと引っ立てられた。




