0127冥界の生物05(2192字)
頭を切り替えたのか、再び立ち上がった。その顔面は蒼白だ。
「『神の聖騎士』たちよ、俺もスライムの海が見たい。この目で確かめたいのだ。ちょっと歩廊の上まで運んでくれぬか」
「ははぁっ!」
外に出ると、ちょうどラグネが城の僧侶に回復魔法をかけられたところだった。ラグネはすっかり元気になって、タリアに助けられながら起き上がる。
「あっ、デモントさん、ケゲンシーさんも!」
ラグネは玉ねぎのような銀髪で、左右の眉まで伸びていた。ウサギのような瞳は赤い。丸みを帯びた輪郭の顔で、白磁の肌だ。灰色のローブを着込んでいる。
その彼が、いかにも不思議そうに尋ねてきた。
「あの、体の色が元の肌色に戻ってますけど、いったい……」
デモントは走り寄って、ラグネの頭を脇に抱えて締め上げる。
「い、痛いっ! デモントさん、ちょっと!」
デモントは小声でささやいた。
「ラグネ、変なことはいうな。俺さまたちは元に戻ったし、今はスライムたちを何とかするのが先決だ。余計なしゃべりはいらねえぞ」
「わ、分かりました! 分かりましたから、離して!」
イヒコ国王が首をかしげる。
「どうかしたか?」
ケゲンシーが精一杯の笑顔で両手を振ってみせた。
「何でもないのですよ、何でも……。それよりほら、国王陛下、ラグネ、歩廊に行きましょう」
こうしてデモントはイヒコ国王を抱えて翼を広げる。ラグネはケゲンシーの鼻を回復魔法で治療すると、タリアとともに羽を出現させた。
イヒコは子供のように少しはしゃぐ。
「おおっ、これが『昇竜祭』武闘大会授賞式で見せた、『金の羽』か! 凄いな、どうやってしまってるんだ?」
「国王、舌噛みますよ! それっ!」
4人は舞い上がり、先ほどの歩廊へと着地した。おのおのが翼をたたんで地平線に視線を投じる。イヒコは黒いじゅうたんのようなものが、こちらへ向かってどんどん拡大してきているのを確認した。
「なるほど、あれか。あれが液体生物の大群だとお前たちは申すのだな?」
「はい」
「よし」
イヒコはマントをひるがえしながら、腕を振って部下に指示する。
「とにかく閉門せよ、スライムどもが来るぞ! 北西の入り口と南西の出口のふたつの門、その両方を一斉に閉じるのだ!」
兵士たちが急いで動き出した。国王はそのさまに満足したようにうなずきながら、デモントたちに問いかける。
「おぬしらの力を当てにさせてもらう。具体的には翼を使った、城からの即時全員退却だ。構わないな?」
ケゲンシーはうやうやしく頭を垂れた。
「全力を挙げさせていただきます」
イヒコ国王は素早かった。王城の背後の谷は、翼で飛翔して乗り越える。そしてマリキン国の東にあるロプシア王国を避難先として、国王から最下級の平民まで、ひとり残らず救出する……
簡単かつ遺漏のない計画を立てると、早速実行に移った。4人の翼持つものは、対岸の崖との往復で人や荷物を運んでいく。
「こ、怖いわ」
「大丈夫です、しっかりつかまってください。すぐに対岸に着きますから」
ケゲンシーが王妃を落ち着かせながら、城との間に口を広げる谷を飛翔した。
「落ちたら死んでまうがな! だいじょぶなんやろな!」
「いいから背中に乗れよ、おっさん!」
デモントは嫌がる大臣を無理矢理運ぶと、すぐに城へ引き返す。
避難が順調にみえた、そのときだった。
「スライムが! スライムがもう目前に!」
兵士のひとりが血相を変えて報告に来る。とうとう来たか。デモントは舌打ちした。
ケゲンシーがラグネたちに、緊迫した表情で指示を出した。
「私とラグネはスライムたちをできるだけ排除します。デモントとタリアは救出活動を継続して。それじゃ、お願い!」
ケゲンシーが飛んでいく。ラグネも後に続いた。城壁の歩廊にたどり着く。すると、目の前には……
「うわっ、凄い!」
ラグネが仰天したことに、見渡す限りの大地がすべて、黒く染まっていた。そのなかで星のように、白い目玉の数々が乱舞している。
「ラグネ、容赦はいりません。マジック・ミサイル・ランチャーで、全部吹っ飛ばしてください!」
「はい!」
ラグネは光球を背中に出した。そしてそこから膨大な光の矢を放ち、漆黒のスライムたちへ豪雨のごとく浴びせていく。スライムたちは瞬く間に排除されていった。
ケゲンシーは右手に分厚い呪文書を発生させると、そのページをぺらぺらとめくる。そして望みの箇所に到達すると、左手でなぞり、声に発した。
「『雷撃』の魔法!」
稲妻がスライムたちに見舞われ、その核を暴力的に打ち砕く。食らった液体生物は溶けてなくなり、地面の染みとなった。
ラグネとケゲンシーが城門に迫るスライムたちをねじ伏せている間にも、城からの脱出は滞りなく進んでいる。聖俗の幹部級が最優先で、それが終わると女と子供が運ばれた。兵士たちは最後らしい。
「疲れちゃったよ」
「おいタリア、動かすのは翼と手で、口じゃねえぞ」
そう怒りつつ、重い人・荷物は自分が処理するデモントであった。
彼が感心したことに、イヒコ国王は城に残って救出の陣頭指揮を担っている。兵士たちの嘆願にもかかわらず、イヒコは自分が谷を渡るのは最後の最後だと決め付けていた。
「おい、書類なんかどうでもいい! そんなものは捨てていけ! 大切なのは当座の飲食と着るものだ!」
明かりや兵士は後回し、ということなのだろう。デモントは当初、三叉戟を谷に架けて人や荷物を運ぶ手も考えたが、向こうのほうが位置が高いので無理だった。




