0125冥界の生物03(2281字)
その後、ニンテン宅へ向かい、ニンテンに新しい『生きた人形』を作らせたこと。コロコを捕らえ、その眼前でボンボが死ぬところを見届けさせたこと。逃げたコロコにラグネを解毒させられたこと。ニンテンたちを無慈悲に地面へ縫いつけたこと。この森までやってきて、魔法陣を完成させたこと……
すべて覚えている。そして、青い肌の自分がそうした蛮行を「平然と」やってのけたことも、はっきり記憶していた。そうであるからこそ、たとえようもない罪悪感がデモントを襲った。
俺さまは何をしていたんだ。ニンテン家族に、ラグネに、コロコに、ボンボに、とんでもなくひどいことをしてしまった。謝罪しようにもしきれない、償おうにも償いきれない、どうしようもない馬鹿で最悪な愚行の数々……
「ラグネっ!」
せめて彼の命だけは助けなければ。デモントはいまだ取り合いのさなかにあるラグネを救出するべく、翼を広げて飛翔した。
「この化け物どもがぁっ!」
自分にも向けられる「食欲」を嫌悪しつつ、デモントは三叉戟を振り回しながら、ラグネを捕食しようとしていた数体を打ち殺す。空中に放り出されたラグネをキャッチすると、可能な限りの最高度で反転して逃げ帰った。
「ケゲンシー! タリア! ホーカハル! おめえらもか!」
そう、悪魔騎士は4人全員が、元の肌色に戻っていたのだ。まるでデモントの反逆に合わせたかのような変身ぶりだった。
ケゲンシーが叫ぶ。
「スライムども、どんどんあふれてくるわ! 逃げるわよ、デモント! タリア! ホーカハル!」
自らも金色の羽を生やし、津波のように迫ってくるスライムの群れから逃避する。タリア、ホーカハルも続いた。
「すごい、まるで黒い海ね!」
タリアはのんきにそんなことを口走った。確かに、とケゲンシーは思う。スライムの集まりは、木を草を岩を飲み込んで、凄い速度で追走してきていた。
どうやら冥王ガセールの妾・魔法使いルバマの計画は、失敗に終わったらしい。もう冥王を呼び出す魔法陣は作れないだろう。ケゲンシーは失笑せずにはいられなかった。とんだ笑劇だ。
ケゲンシーは青い肌である期間も、さほどその思考は変わっていなかった。多少攻撃的になっていたかもしれないが、特にデモントのような性格の激変は、以前も以後も起きていない。
魔女ルバマはケゲンシーに、『悪魔騎士』4人をそろえる真の目的を教えて、それまでは『神の聖騎士』を名乗って活動するよう洗脳してきた。ケゲンシーはそれに唯々諾々と従った。デモントをだまし、ラグネをだまして、今日まで来たのである。
もともとがそうだから、悪魔騎士としての性格は変わりようがなかった。ただもう、自分がルバマから託された『仕事』は消滅している。その認識が、ただひとつの変化だった。
努力は無意味に終わった。こうなれば、せめて長生きしたい。それだけがケゲンシーの正直な欲求だった。愚かといえば愚かかもしれない。
漆黒の液体生物たちは、自らの同胞で作った広大な泉を拡大し続けている。そして、『神の聖騎士』ラグネと、『悪魔騎士』4人を捕食するべく、際限なしに手を伸ばした。
「うぁっ!?」
そのなかの一匹が、とうとうケゲンシーに追いつき、その足首をつかむ。ケゲンシーはスライムの湖へと引っ張り込まれた。
「食わせろ……」
「俺が食うぞ……」
「いや俺だ……」
ケゲンシーはせつなの奪い合いの後、とうとう大口を開けたスライムの体内へと引き込まれる。もう駄目だ――
そのときだった。
「ケゲンシー! 今おでが助ける!」
ホーカハルの声だ。彼は急降下してケゲンシーを救い出すと、空へと放り投げた。ごつい大男は、身代わりとなってスライムに噛み砕かれる。
すると、その途端だった。飲み込んだ液体生物を中心に、広範囲の同類が結晶化したのだ。まるで透明な岩石群のようだった。
ケゲンシーがデモントたちに追いつくまでに、それらはばらばらに砕け散る。
「ホーカハル……!」
命を捨ててケゲンシーを守ってくれたホーカハル。まだ生まれたばかりだというのに、これから生を謳歌していくというのに、彼はあっさりとそれを投げうった。私のために……!
ケゲンシーはその心に、初めて痛みを覚えた。それが彼女の人間らしさを作り上げる原点となることを、薄々ながら感じる。自分はたぶん、彼のことを一生忘れやしないだろう、と。
ともかく隙はできた。デモントたちはスライムたちから逃れ、ケベロスの街に帰還する。ニンテン邸へと降り立った。
傀儡子ニンテンも、その娘ターシャも、孫のクナンもいない。武闘家コロコの姿も見えなかった。
デモントは顎をさする。
「どうやら逃げたらしいな。ボンボの鞄がないのは、たぶんコロコが持ち去ったからだろう」
そして、至極当たり前の質問を口にした。
「これからどうする?」
ケゲンシーもタリアも当惑顔だ。こうしている今も、あのひしゃげた魔法陣からは次々にスライムがあふれ零れているはずだった。そしてそれらはすべて、人間たちの命を食らうために、人間のいる場所を嗅ぎ当てて襲ってくるだろう。
ある意味、冥王ガセールが降臨するより悪質な状況といえた。
「あの魔法陣が完全に壊れてくれるか、スライムが出尽くすか以外に解決はありえないわ」
ケゲンシーはそう見た。今さら戻って魔法陣を破壊することは不可能だ。黄金の翼は低空しか飛べず、その高度ではスライムたちの腕の範囲内におさまってしまう。たどり着く前に捕食されるだろう。
また、万が一たどり着けたとしても、破壊する方法がない。ラグネに許しを乞うて、マジック・ミサイルを撃ってもらったとしても、せいぜい形を歪めるぐらいしかできないだろう……
 




