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0124冥界の生物02(2180字)

「そうですよホーカハル。少しラグネを痛めつけて、動けなくしたら、その場からすみやかに離れなさい!」


 ホーカハルは明快な舌打ちで不満をあらわにした。


「ちぇっ、おでの手助けで今の優勢があるのに……。ま、いっか」


 最後は軽いノリでうなずくと、立ち上がろうとするラグネの腹を殴りつける。鈍い音とともに、ラグネは昏倒(こんとう)した。光球が消える。


「ぐはぁ……っ!」


 ひとり参戦しなかったタリアが、すぐ近くから朗らかな声をかけてきた。


「私の力を使うまでもなかったね。さよなら、ラグネ。もういいよ、離れようホーカハル」


「もう一発殴っときたかったけどな。ま、いっか」


 デモントとケゲンシーが、ラグネの視界で両足を地面と接吻(せっぷん)させる。降りてきたのだ。


「ぐ……」


 ラグネは苦しみながら這いつくばって、疑問を投げかけた。


「何で……魔法陣が……出現したまま、なんですか……? 赤い光を……出してないのに……」


「知りたいか?」


 デモントが無造作に近づいてきて、ラグネの右手の甲に三叉戟を突き刺す。強烈な激痛にラグネは悲鳴を上げた。


「うああっ!」


 真っ赤な血が噴き出し、地面に染みを作っていく。


「ははは、もう魔法陣は完成したんだ。もはや誰も冥王ガセールさまの降臨を止められない。お前のマジック・ミサイル・ランチャーのおかげで、ちょっとひん曲がっちまったけどな」


 そんな……! ラグネは絶望に打ちひしがれた。


 ケゲンシーが高笑いする。勝者のあざけりをはらんでいた。


「冥王さまはこの世界のありとあらゆる命をむさぼり、永劫(えいごう)の支配を確立されるでしょう。私たち悪魔騎士4人は、冥王さま直属の魔人として、その栄華(えいが)のおこぼれに(あずか)るのです。今から楽しみですこと!」


 ひとしきり高慢な態度を取った後、ケゲンシーはデモントに合図した。


「さあ、デモント。ラグネにとどめを刺しなさい」


「おう」


 新たな三叉戟を出現させると、その鋭利な先端をラグネの額に押し当てた。


「死ね!」


 ラグネは目をつぶって観念する――


 そのときだった。


 重低音で迫力ある声が、魔法陣からもれ聞こえたのは。


「よせ。わしが食らう」


 空に浮く漆黒の円盤が鳴動し、中央から不定形の液体生物(スライム)がこぼれ落ちてきた。それは20個の目玉を有し、短い腕や足がでたらめな箇所から何本も生えている。漆黒だった。


 この(みにく)い物体が冥王ガセール? ラグネはあの異形の腕を見ているだけに、見るものに不快感を与えるこの生き物との違いに戸惑った。それは悪魔騎士4人も同様らしい。


「め、冥王さま……ですよね?」


 ケゲンシーが思わず口走ったが、スライムは気にしなかった。黒い生物はのたくって5人へと近づいてくる。そして腕の一本を伸ばし、ラグネの胴をつかんで引き寄せた。ラグネは刺さったままの三叉戟で右手を切り裂かれ、あまりの痛みにうめき声を上げる。


「うう……」


 スライムが大きく口を開けた。ノコギリのような白い歯が、真っ黒の体と不気味なコントラストを描く。


 このままでは食べられてしまう。ラグネはしかし、疲労と苦痛にむしばまれた体ゆえ、何も抵抗できなかった。何せ半日もただひたすら苦しみ続けてきたのだ。そこへ悪魔騎士4人による攻撃である。動ける道理がなかった。


「いただきまーす」


 魔物は異様な低音の声に、みなぎる喜悦を乗せる。もう駄目だ――ラグネは再び諦観(ていかん)した。


 しかし。


「俺によこせ……」


「独り占めするな……」


「そいつは私のものだ……」


 何と次から次へと、ひしゃげた魔法陣から黒いスライムが湧き出してきたのだ。それは押し合いへし合い、ラグネの争奪合戦を始めた。ラグネはあっちへ奪われ、こっちに取られ、まるで景品のように扱われる。


 ここまできて、ようやく悪魔騎士4人も事態の異常さに気がついた。これは、このスライムは――


「冥王さまじゃない……!?」


 ラグネのマジック・ミサイルが魔法陣を歪ませて、本来のガセールではなく、まったく違う冥界の生物を呼び寄せてしまったのだ。


 だが、ことはそれだけではおさまらなかった。


「悪魔騎士だ……」


「食いたい……食いたい……」


 漆黒のスライムたちが、デモント、ケゲンシー、タリア、ホーカハルを見つけて、波濤(はとう)のごとく襲いかかってくる。


「馬鹿なっ……! 同士討ちしようってのか!?」


 デモントが三叉戟(さんさげき)を出現させて、スライムたちに穂先を向ける。


「近づくな! それ以上近づいたら容赦しねえぞ!」


 だが魔物たちは一向聞き入れず、大口を開けてデモントを食べようとした。デモントは身を守るべく、三叉戟を水平に伸ばして横に一閃した。


「ぐぎゃあっ!」


「げぶっ!


「ひぎぃっ!」


 複数のスライムがいっぺんに断末魔の悲鳴を上げる。どうやらこの生物たちは、全身すべて液体というわけではなく、それを統御する核のようなものがあるらしかった。それを破壊すると、溶けて消え去るらしい。


 と、その瞬間だった。


「何っ!?」


 デモントは体が灼熱(しゃくねつ)するのを感じる。青かった肌がみるみる本来の色へと戻っていった。それと同時に、(もや)がかかっていた頭がはっきりし、中途半端な夢から覚めるように正気が戻ってくる。


 記憶は残っていた。傀儡子ニンテンによってタリアが作られ、冥界の魔女ルバマの命で人間化したこと。いったんはそのタリアとラグネを含めた4人で魔法陣を出現させたこと。そのときから肌が青くなり、頭に(かすみ)が立ち込めたこと。本当に『神の聖騎士』だったラグネに対し、心から殺意を抱いたこと。

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