0123冥界の生物01(2186字)
(18)冥界の生物
ラグネとコロコはニンテン邸に到着した。しかし、そこに憎き悪魔騎士4人はいなかった。その代わり、見せ付けるように3人の人物が倒れている。
「ニンテンさん! ターシャさん! クナンさん!」
そう、ニンテン宅の住人3人が、それぞれ三叉戟で地面に縫い付けられていたのだ。いずれもうつ伏せで、ニンテンは足を、ターシャは腹部を、クナンは腕を刺されて、ピンで留めるように庭に拘束されていた。
「酷い……!」
ラグネには分かっている。デモントはラグネが追ってくるのを遅らせるために、あえてこうしたのだと。それにしても流血は多量で、ラグネは新たな憎悪に胸を焦がしながら、みすみす悪魔騎士たちの術中にはまった。
三叉戟を抜き、回復魔法をかける。これを3人分行なって、どうにか彼らの命を救助できた。
「ありがとう、ラグネくん。もう駄目かと思っていた」
ニンテンとターシャは、幼いクナンのことを特に気に懸けていたようだ。そのクナンは、痛みがなくなって泣き止んでいる。
「いえいえ。僕はあいつらの後を追います。どっちへ行きましたか?」
「そうだな、朝日とは反対側の方向だな」
「ありがとうございます。そうそう、追いかける前に、これをどうぞ」
ラグネは手持ちの100万カネー入りの袋をニンテンに渡した。中身を確認した老人は、目を丸くしてラグネを見やる。
「こんなにたくさん……。これはいったい?」
「このお金はそうそうなくならないでしょう。ここはもう危険です。これを使って、コロコさんと一緒に、しばらく別の街でひっそりと暮らしてください」
「しかし……」
「いいんです。僕には必要ないお金ですから。とにかく急いでください」
黙っていられなかったのはコロコだ。ラグネが自分にも避難を要請したことに、矜持を傷つけられた格好となった。
「待って、私もラグネと行くよ! 私たちは一蓮托生でしょう? さっき『行きましょう、コロコさん』っていったじゃない!」
「すみません、コロコさん。あなたでは悪魔騎士の相手にもならないでしょう」
乾いた音が鳴る。コロコがラグネの頬を張ったのだ。憤激は収まりそうになかった。
「馬鹿! ひとりで抱え込まないでよ! ボンボの仇討ちに、私も参加する!」
ラグネの瞳に悲しみが宿る。
「無理です。足手まといです」
「なっ……!」
「ニンテンさんたちへの虐待を見て、コロコさんを同じ目に遭わせたくないって、そう思ったんです。すみません」
ラグネは黄金の翼を広げた。コロコをそっと引き寄せ、優しく抱きしめる。耳元でささやいた。
「お願いです、どうか生き延びてください。行ってきます」
そしてコロコを放した。彼女はその場に崩れ落ち、涙を流して号泣する。ラグネは惜別の悲哀を引き千切るように、大空へと舞い上がった。
その過程で視界に入ったボンボの白骨死体に、初めてラグネは涙腺がゆるみ、ひと筋涙をこぼす。しかし、後はもう振り返ることもなく、悪魔騎士たちの去った方向へ飛行した。
ごめんなさい、コロコさん。ごめんなさい、ボンボさん……
4人の位置はすぐに分かった。平坦な森の中ほどで、宙に黒く巨大な魔法陣が浮かんでいたからだ。あの足下にいるに間違いない。
多重円からは前回同様、異形の腕がのそのそと出てき始めている。しかしおかしなことに、赤い光線はなく、魔法陣は単体で動作していた。
ラグネはなるべく開けた場所を探してそこに着地する。そして光球を出現させ、マジック・ミサイルの怒涛を魔法陣目がけて放った。
「くたばれ……!」
怪物の腕が引っ込む。そこへ光芒が殺到した。魔法陣は異様なまでに頑丈だったが、撃ち続けるうち少しひしゃげてきたように見えた。このままいけば破壊できるかもしれない。
そう思っていたとき、4人の人物が魔法陣の近くからこちらへ飛来してきた。青い肌で黄金の翼の持ち主は、間違いなく悪魔騎士たちだ。ケゲンシー、デモント、タリア、あと名前を知らないごつい男。
「ラグネーっ!」
デモントが三叉戟を伸ばし、まるで弓矢のような速さでラグネを貫こうとする。それをラグネは光の矢で無造作に滅ぼした。しかし、三叉の槍はすぐに代わりが出現する。
ケゲンシーが片手の呪文書から無詠唱で吹雪の魔法を放ってきた。これもラグネは、凄まじい光の塊で迎え撃ち、完全消滅させる。
大丈夫、勝てる。ラグネは少し不安だったのだが、どうやら杞憂に終わりそうだった。
しかし、そのときだ。
「えっ?」
突然何の前触れもなく、ごつい拳がラグネの右頬をぶん殴った。ラグネは激痛とともに吹っ飛び、地面を転がって岩にぶつかる。
何だ? 何が起こった?
ラグネはしかし、デモントとケゲンシーの攻撃に対処しなければならず、今の拳の謎を追究する暇は与えられなかった。ケゲンシーの電撃魔法が、デモントの連続投擲する三叉戟が、空中でマジック・ミサイルに撃ち落とされる。
今度は膝裏を激しく蹴りつけられた。ラグネはその場に尻餅をつく。
「ぐぁっ……!」
今度は分かった。ラグネのすぐそばに、あの名前を知らない4人目が、いつの間にか立っていたからだ。
「よう! おでの名前はホーカハル! いつでも透明化できる能力の持ち主だ!」
透明化!? そうか、さっきの拳の一撃は、透明になって近づいてきて放ったものだったのか。
デモントとケゲンシーが宙に浮きながら文句をいう。
「おいホーカハル、お前ちょっとラグネに近づきすぎだ! 三叉戟を使えねえだろ」




