0122生け贄06(1959字)
ケゲンシーはほかの3人同様に目を閉じ、赤い光を伸ばしている。コロコはボンボの仇とばかりにまなじりを決した。そして無防備なケゲンシー目がけて躍りかかると、気合いの入った超全力の拳を鼻っ柱に炸裂させた。
轟音とともに、ケゲンシーが吹っ飛ぶ。鼻骨が砕けたようで、彼女はあお向けに倒れたまま大量の鼻血をあふれさせた。
ケゲンシーの赤い光が途絶える。空中の魔法陣がかき消えた。コロコはケゲンシーに駆け寄ると、その鼻血を篭手の表面に塗りたくる。背後を見れば、残りの3人も赤い光線を失ってへたり込み、荒い息をついていた。今のうちだ。
コロコはその場から急いで逃走する。振り返りたい心を押し殺し、ただひたすら街を疾走した。
「ボンボ、ごめん……! きみを守れなくて……!」
むせび泣くコロコに奇妙な顔をする通行人は皆無だ。先ほどの白光、赤光、魔法陣と立て続けの異変に、関心の大半を奪われていたからだった。
コロコは武闘家であり、その運動神経は常人以上である。あっというまに公園に帰り着いた。
「ラグネ!」
ラグネはひとり、まだ木陰に寝ていた。ぴくりとも動いていない。まさか、間に合わなかった……? コロコの脳裏を絶望がよぎる。半狂乱になって近づき、その胸に耳を押し当てた。心臓の鼓動は……
ある。
コロコは膝立ちになり、大きく息を吐いた。間に合った。さっそく篭手に付着しているケゲンシーの血液を、ラグネに飲ませよう。
だが、そのときだった。
「があっ!」
コロコの背中から腹を突き破り、鋭利な刃物が貫通した。これは――デモントの三叉戟! 信じがたい激痛とともに、真っ赤な血が傷口から噴き出す。コロコは前のめりに倒れ、鮮血の塊を地面に吐き出した。
デモントが背後に降り立つ靴音がした。
「ふう、危ねえ危ねえ。翼がなければまかれて追いつけねえところだったぜ」
周囲で喧騒が起こっている。それはそうだ、有翼人なんて誰も見たことがなかっただろうから。しかも、三叉戟で人を殺しかけているのだ。助けに来てくれるものは皆無だった。
デモントが嘲笑する。
「案内ご苦労。冥王ガセールさま復活の邪魔をされては困るからな。召喚は仕切り直すとして、ラグネを復活させられるとあとあと面倒だ。俺からのお情けだ、仲良く一緒に殺してやる」
コロコは肩越しに背後を振り返った。自分に刺さっている三叉戟とはまた別のそれが、デモントの右手に現れる。
コロコは篭手に付着している血――ケゲンシーのものだ――を舐めた。デモントが失笑する。
「おいおい、ダメージ受けて錯乱したのか? お前が解毒剤をすすってどうするんだよ」
だが、その笑いは継続しなかった。
コロコが、ラグネの唇に自分のそれを重ねたからだ。口移しだった。
「こっ、この野郎!」
デモントは笑いを引っ込めて、手にしている三叉戟を伸ばした。だがそれがラグネに到達するより早く――
「光の矢!」
息を吹き返したラグネの閃光が、三叉戟を消滅させた。
「よくも、コロコさんを……!」
「ちぃっ!」
デモントは翼を生やして舞い上がった。本気のラグネ相手に単体では不利だと悟ったのだろう。また、自分が欠けては冥王を招き入れることができなくなる、ということも判断へ働いたに違いない。
「覚えてろよ!」
デモントは空を翔けて逃げていった。
ラグネは彼などどうでもいい。かたわらで死にかけているコロコを助けるのが最優先だった。まずは僧侶の回復呪文を詠唱する。そして三叉戟を引き抜くと、回復の魔法をコロコにかけた。
コロコは見事、傷が治癒され息を吹き返す。ラグネは上半身を起こしたまま、コロコに笑顔を見せた。
「ありがとうございます、コロコさん。おかげで助かりました」
コロコは答えず、ラグネの胸に抱きつく。安堵と同時に、抑えていた悲しみが胸の内で暴れ出した。
「ボンボが、ボンボが……!」
「ボンボさんがどうしたんです? そういえば姿が見えませんが……」
「死んじゃった……! ボンボが、死んじゃった……! ルバマみたいに白骨化して……! うう、わあああ……!!」
ラグネが凝固する。「嘘ですよね?」と空しい問いを放った。だがコロコが泣き止まず、それどころか慟哭するのを見て、じょじょに現実のことだと理解していく。
「ボンボさんが……!」
ラグネの胸郭を満たしたのは、悲哀よりも、むしろ憤激だった。ボンボは悪魔騎士の誕生のために命と魔力を奪われたのだ。彼らへの憎悪がたぎって全身の血管を駆け巡った。
「行きましょう、コロコさん! 悪魔騎士たちの1人でも倒せば、冥王ガセールの召喚は防げます!」
「うう……」
コロコは腕で目元をぬぐった。目尻と鼻を真っ赤にしたまま、吐息をつく。
「うん、行こう。きっとあいつらはニンテンさんの家にいるよ」
ラグネはコロコをお嬢様抱っこすると、木陰から外へ出た。そして黄金の翼を広げて、一気に空を飛翔していった。




