0120生け贄04(1952字)
コロコは公園の片隅に戻った。気が気でないとはこのことだった。もしかしたら、毒の効果が予想より早くて、ラグネはもう死んでしまっているのではないか――そんな不安に押し潰されそうだったのだ。
横になって布を肩までかぶっているラグネと、その頭側であぐらをかいているボンボの姿が視界に入る。コロコは叫び出したい気持ちを必死にこらえ、ボンボに尋ねた。
「ラグネは?」
「大丈夫、まだ息があるぜ」
コロコはその返事で、安堵のあまり倒れそうだった。近寄ってしゃがむと、確かにラグネの胸は上下している。頑張れ、ラグネ。頑張って。
その後、コロコは見聞きしてきたことをボンボに話して、ふたりして知恵を絞った。しかし、ケゲンシーの血液を手に入れる新たな妙案は浮かばない。
当初の予定どおりにしようと結論づけると、コロコは横になった。
「ちょっと仮眠を取るね。何かあったり、朝になったりしたら起こして」
ボンボが鞄から魔法陣の布を取り出す。
「これを毛布代わりにしろよ。まだ夜は冷えるからな」
「うん、ありがとう。ボンボは大丈夫?」
「何、こんなときだ。少しは我慢するさ」
コロコは昔のことを思い出していた。あれは2年前だ。夢幻流武闘家で師匠でもあるキンクイと別れ、さて誰のパーティーに加わろうかと、ルモアの街の冒険者ギルドを訪れていたときだった。
「だーかーらー、おいらは14歳だっていってるだろ?」
身長といい童顔といい、明らかに一桁台にしか見えない少年が、ギルドマスターのグーンに突っかかっている。グーンは聞き分けのない子供を相手に困惑していた。
「何度もいってるだろう。ほかの街の冒険者ギルドで登録していたんだろう? その書類を見せてもらって、年齢を確認できたら、認可してやるっていってるんだ」
「それは無理だって何回説明すりゃ分かるんだよ。紛失しちまったんだよ。あれは洞窟を冒険している最中だった。鞄が千切れて、描き溜めた魔法陣の布もろとも穴に落ちていったんだ。それで近くの大都市ルモアくんだりにやってきて、再申請してるんじゃないか」
グーンは肩が凝ってきたのか、片手で揉みほぐす。
「同じことを言わせるな。継続のほうは無理だ。そして新規の登録のほうは、お前の年齢が10歳以下にしか見えないから却下だ。分かったら帰れ。11歳になったらまたやってこい」
「おいらは14歳だーっ!」
15歳のコロコにとっては、ちょっと面白さを感じる揉めごとだった。好奇心から介入してみる。
「グーンさん、この子の年齢は私が保証する。14歳よ」
「えっ?」
少年とグーンが見事ににハモった。
「おいコロコ、それは本当か? どう見ても10歳以下だろ」
「嘘じゃないよ。この子、とびっきりの童顔なの。……ね、そうだよね?」
少年は助け舟に乗った。
「おう。おいらは14歳だ。それは事実なんだからな。これで納得したか、グーン?」
「……まあ、コロコがいうならそうなんだろうな……。ごまかしや嘘をつかれたことはないし」
グーンは筋肉質な後輩のスールドに命じた。
「おいスールド、登録書をひとセット持ってきてくれ。あとインク壷もな」
「承知しました」
少年はコロコとひそひそ話した。
「誰だか知らねえが助かった。お前、コロコってのか。ありがとな」
「きみ、名前は?」
少年はくしゃりと笑顔を見せた。
「おいらはボンボ。魔物使いのボンボだ……」
「おい、起きろコロコ。朝だ」
「……んん……。もうそんな時間?」
払暁だった。コロコは仮眠から脱すると、まずはラグネの体調を調べた。
まだ健気に呼吸している。だが朝日に照らされて分かったが、顔色は真っ青で、唇は紫色だった。「かろうじて」生命を繋ぎとめている。そんな印象に、コロコは涙を浮かべた。
だがすぐに感傷から己を引き剥がす。両手に篭手をはめた。やるべきことは悲しみ憂うことではない。
「じゃあ行ってくる」
緊張によるぎこちない動きながら、コロコは歩き出した。ボンボが背後から声をかけてくる。
「死ぬんじゃねえぞ。絶対に生き残るんだ。全部おさまったら、お前の武闘大会優勝賞金で飲んだくれようぜ」
コロコは片手を挙げて返事の代わりとした。
朝になって人々の往来が目立つようになる。2頭立ての馬車が豚を載せて通り過ぎ去ったかと思うと、職人たちが建築途中の邸宅へ材木を運び込んでいく。背中にカゴを背負って市場へ向かう主婦もいれば、早くも店先で客引きを始める少年もいた。
コロコは再びニンテン宅へ到着した。思ったより静かだ。デモントやケゲンシー、タリアの姿はない。用心に用心を、慎重に慎重を重ねて、コロコは石垣から庭をのぞいた。
あれは……!
そこには大きな人形が置かれていた。『生きた人形』の5体目だ。その証拠に、左胸が赤く輝いている。完成した後、ケゲンシーがニンテンから奪い、今こうして孤独に置いているのだ。




