0012ゴブリン討伐04(1943字)
コロコが立ち上がった。腰を伸ばしてうなる。
「それじゃ奥へ行こうよ。たぶんあのホブゴブリンが親玉だったんだろうから、もうこれといった敵はいないはずよ。戦うのは今度こそ私だけで大丈夫。行こう、ふたりとも」
そうだった、依頼は『ゴブリン討伐』なのだ。洞窟内がどれくらい広いか分からないが、棲息する小鬼たちはすべて殺さねばならない。ラグネはボンボに手を借りて身を起こした。
その後はこれといって危ないこともなかった。出会うゴブリンことごとくが、すべて光の矢で貫かれて死んでいる。マジック・ミサイル・ランチャーは、あの入り口だけでなく、洞窟内の小鬼たちを全員残らず撃ち殺していたようだ。
「凄い力ね……。でも助かった。私、ホブゴブリンに殺されちゃうのかと思ってたもの」
コロコはランタンを掲げて、先頭に立って歩いていく。
「どう? ラグネ。自分の力が怖い?」
「えっ」
光球の能力が怖い、か……。ラグネは腕を組んで熟考する。
別に恐ろしくはない。だってこのマジック・ミサイルは3回自分を助けてくれた。今回に関しては、仲間が死ぬ前に発動してくれている。頼りになりさえすれ、おびえる類のものではなかった。
「大丈夫です」
コロコはうなずく。肩越しに言った。
「うん。そうだね。私もボンボも大丈夫よ。でも、きみのその力に恐怖する人間はきっといる。そういった人の前では、決してその能力を使っちゃいけないわ。ひょっとしたら魔物よりも恐れられて、迫害されちゃうかもしれないよ」
「はい……」
ラグネはぴんとこなかったが、彼女がいうことなら間違いはないだろうと咀嚼して飲み込む。
ボンボが「しーっ」と唇の前に人差し指を立てた。コロコとラグネは口をつむる。耳を澄ませた。
「たす……けて……。たす……けて……」
10代半ばらしき少女の声だった。
夕暮れのハラハ村に戻ったコロコたちは、ドキド村長の家を訪ねた。彼は3人の無事な姿を見て、安堵するより恐怖した。しかしすぐに態勢を立て直す。
「こ、これはこれは……。ご無事で何よりです。ゴブリンたちは倒せたのですか?」
コロコが代表して応じた。その声には強くなじる調子が含まれている。
「話は聞いたよ。ドキド村長、あなたはゴブリンたちと結託していたんだね」
「げえっ……」
言語化が難しい驚きの声に、コロコは確証を得たとばかりに拳を握る。
「村長、あなたは村から多数の食料をゴブリンたちに――もっといえば、ホブゴブリンたちに納めていた。ホブゴブリンたちからはその代償として、村人らに手を出さないという約束を取り付けていた」
ラグネは一連の出来事を思い出す。道を聞いた村人の微笑。村長の意志の薄さ。そして、ゴブリンたちだけでは決して作れないであろう、落とし格子の罠……。すべてはハラハ村の人々とホブゴブリンたちとの共作だったのだ。
「そしてときどきやってきた冒険者たちは、落とし格子で入り口に詰められて殺されていた。肉は食われ、装備は宝物として奥の空間に収められた。だからこの依頼はなかなか解決しなかったのよ。そうよね、村長」
いまや村長の顔は青ざめ、樽のような体は氷水をかぶったように震えている。冒険者ギルドをあざむいた罪は、帝国法で厳罰で処理されるからだ。
それでも彼は抵抗した。逆ギレといっていい。
「し、証拠はどこにあるんだ!? お前が言ってるのは想像の範疇を出ないぞ! わしを、ハラハ村を侮辱して、ただで済むと思うな!」
コロコはボンボに目配せした。ボンボは入り口の扉を開ける。
「入ってくれ、ワーペス」
そして、コロコが馬に乗せて連れ帰ってきた少女――ワーペスが姿を現した。やや憔悴の色が濃かったものの、ラグネが回復魔法をかけておいたため元気ではある。
「お父さん……!」
「ワ、ワーペス!」
ドキド村長とワーペスはひしと抱き合った。ふたりとも再会の喜びに涙をあふれさせる。コロコが得意げに鼻の下を指でこすった。
「ゴブリンたちの洞窟の宝物庫に囚われていたのよ。ハラハ村とお父さん――村長のことについて教えてくれたわ。村長夫婦はホブゴブリンに大切なワーペスさんを奪われた。そして娘のような被害者をこれ以上出させないために、ホブゴブリンたちと交渉したんでしょう?」
しかし数ヶ月ぶりの再会を果たしたふたりは、コロコの言を聞いていないらしく、嬉し泣きで両膝をついた。
「すまなかった、ワーペス……! お前が生きているのかいないのか、ずっと分からなくて不安だった……! よ、よかった……! 本当に……!」
「お父さん……!」
抱擁し喜び合うふたりに、コロコは肩をすくめて羊皮紙を取り出した。
「とりあえず依頼は達成ね。ここにサインちょうだい」
こうして『ゴブリン討伐』の仕事は成功裡に終わった。コロコたちはハラハ村で一泊すると、元気に帰還の途につくのだった。




