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0117生け贄01(2089字)

(17)生け(にえ)




 クナンはようやく寝た。頬かむりした女に『生きた人形』の『タリア』を奪われてしまってから、泣いてばかりだったのだ。なだめすかすのには大変骨が折れた。


 ニンテンは暖炉の火に当たりながら思い悩む。


 いったいあの3人――ラグネ、コロコ、ボンボは何者だったのだろう。『生きた人形』を見てみたい、だから『核』で作ってほしい。そんなようなことを話していたが、あれはまるっきり嘘だったのだろうか。


 そう疑わざるをえないほど、頬かむりした女の強奪劇とは、あまりにも連係が良すぎた。何せできあがったそばから奪われている。3人が前もって泥棒女と打ち合わせを行なっており、それがあの場面に集約された――そう考えるのが自然だろう。


 しかし、あの3人には嫌悪感を抱けなかった。ニンテンの60年の人生が、彼らを良しとしている。彼らは気分のいい連中だったし、『タリア』が完成したときは我がことのように喜んでいた。あれに嘘いつわりがないことは、ニンテンの眼力というか観察力というか、それが証明している。


 しかし、どうにも分からないのはあの翼だ。


 盗人(ぬすっと)女は『生きた人形』を手に入れると、外へ出るなり背中から黄金に輝く羽を広げた。そして、それをはためかせて虚空へと飛び立ってしまっている。


 それだけでも驚きなのに、ラグネという少年もまた同じように翼を出して、コロコとボンボとともに後を追いかけて翔けていった。


 これはどう説明づければいいのだろう? 彼らは神の御遣いなのか? それとも悪魔の手下なのか?


 傀儡子(くぐつし)は酒を飲む。胃を焼くような感覚を快く感じながら、あれから夜になっても戻ってこない彼らを思った。


 そこへ娘のターシャが現れた。


「もう寝ましょう。お父さんもあんまり深酒(ふかざけ)が過ぎますわ」


「そんなに飲んだかな」


「ええ。天国でお母さんが怒ってますよ」


「そうかな。じゃあここらで眠るとしようか」


 ふたりはそれぞれの部屋に引き取った。


 ニンテンは疲れている。朝から『生きた人形』作りに没頭し、出来上がったと思えば強奪劇。さすがに心身の衰弱は隠し切れなかった。


 せめてよい夢でも見よう。老人はベッドに潜り込むと、睡魔の女神に抱きしめられるのを待った。


 そのときだった。


 突如豪快な破砕音がとどろき、家が大きく揺れたのだ。


「な、何だ!?」


 慌ててロウソクに着火し、ドアを開けて音源のほうへ向かう。玄関のドアが、かんぬきがかかっていたにもかかわらず、豪快に倒されていた。


「誰だ……?」


 月明かりが侵入者を照らし出す。いずれも口元を布で隠したふたりの男女が、ニンテンの前で仁王立ちしていた。その肌は青色だ。


 女のほうには見覚えがあった。といっても顔ではなく、その服だ。夕方に孫のクナンから『タリア』を奪い取っていったあの泥棒女と、その服はぴったり一致した。


 彼女はニンテンに何か丸いものを放る。ニンテンは反射的にキャッチした。ロウソクの明かりできらめくそれは、見間違えようもない。


「これは、『核』……!」


 そこへターシャとクナンが恐る恐る近づいてきた。クナンは泣いている。それをターシャがなだめながら、ニンテンに問いかけた。


「あの、いったい何が……」


 女が厳しい口調で命令してくる。


「その赤い宝石で、もう一体『生きた人形』を作れ。さもなくばそこの子供と女を殺す」


『もう一体』。すると、やはりこの女は夕方の盗人女で間違いない。


「一体では満足できなかったのか? 『タリア』はどうしたんだ?」


 男のほうがぶっきらぼうにさえぎった。


「答える必要はねえ。早くやれ。殺されたいのか?」


 その手に三叉の槍が現れる。どういう仕組みでそんな真似ができるのか、ニンテンには皆目分からなかった。三本の穂先がぎらりと光る。


 老いぼれの自分に、タリアとクナンを守りながらこのふたりと戦うという選択肢は考えられなかった。ニンテンは肩を落とす。


「……分かった。今から寝ずに作るとして、出来上がりは朝ごろになるが、それでもいいか」


 女がそっけなく言った。


「急げ」




「…………」


 その様子に聞き耳を立てているのはコロコだった。ニンテンの家の裏手に隠れひそんでいたのだ。ケゲンシーはニンテンに、もう一度『生きた人形』を作らせようとするだろう。そう予想を立てて、ラグネとボンボを残してひとり偵察に来たのだった。


 ニンテン邸に踏み入った男はデモント、女はケゲンシーだ。ケゲンシーはともかく、デモントは自分の知っている彼ではなかった。がさつではあるが、それでも老人や女性、子供を脅すような性格ではない。肌が青くなるとともに、人格も変貌してしまったようだ。もう元には戻らないのだろうか。


 コロコは先ほどの会話を思い出す……




 コロコは断崖絶壁に立たされたような気分だった。ケゲンシーの血液を手に入れて、ラグネに飲ませる。それ以外にラグネを助ける方法はない。しかも、ラグネという巨大な戦力抜きで。自分とボンボのふたりだけで……


 無理だ。不可能ごとだ。ケゲンシーの無詠唱魔法だけでも厄介なのに、彼女には三叉戟のデモントもいる。それに対して、こっちは篭手(こて)による物理攻撃と、魔法陣を敷いての召喚魔法。どう考えても、負けるのは目に見えていた。

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