0114傀儡子ニンテン07(2039字)
「ごめんなさい!」
彼女はそう叫びながら、窓枠に右足を、机の上に左足を乗せて、クナンから『タリア』を奪い取った。
「わっ!」
クナンが前のめりに机に突っ伏す。それを一切気にせず、ケゲンシーは窓の外へと降り立った。そしてすかさず黄金の翼を生やす。
ニンテンがその姿に驚愕した。
「な、何だあの羽は!?」
ラグネがケゲンシーを制止しようと叫ぶ。
「何するんですか! 話が違います!」
コロコとボンボは、もとから追わなかった。こうして奪い取る手筈なのは計画どおりだったからだ。
だがラグネは、ついさっきケゲンシー本人と「3日は放っておく」と約束している。それをいきなり破られて、頭に来ないわけもなかった。
ケゲンシーが羽を羽ばたかせ、空へと翔けていく。ラグネは窓から飛び出した。金の翼をこちらも広げる。
「待ってラグネ! 私たちも行くわ!」
コロコとボンボが、やはり窓を越え、ラグネにつかまる。ニンテンがひとりわめいた。
「おい、何がどうなってるんだ!? きみらはいったい……!?」
ラグネは答える暇も惜しんだ。背中にコロコを乗せ、両腕でボンボを抱えると、ケゲンシーの後を追って飛翔する。見れば、だいぶ遠くに彼女の姿があった。豆粒みたいだ。
だいぶ日も傾いている。低空を飛んでいるため、ラグネたちの影は木々や大地にくっきり反映していた。それにしても、高く飛べないのはこの翼の最大の欠点だ……
「おーい、お前ら!」
デモントの声だ。併走するように横を飛ぶ。
「さっきケゲンシーの奴が人形を抱えて飛んでったけど……計画はどうなっちまったんだ?」
ボンボが大声で返事した。風切音があるためそうしなければ届かないのだ。
「いや、一応成功だろう? ニンテンのじいさんに『生きた人形』を作らせて、それを奪い取る。特に問題はない気がするけど……」
ラグネは首を振った。
「違うんです、ボンボさん。僕とケゲンシーさんは約束したんです。3日間は放っておくように、って。せめて『生きた人形』の『タリア』さんが自分の名前を覚えるぐらいの間は、そうっとしておこうって……!」
コロコが前方を指差した。
「まずいよ! ケゲンシーが山陰に入った! まかれちゃう!」
「急ぐぞおめえら!」
デモントが飛行速度を上げる。それを追走するように、ラグネたちは高速で空を飛んでいった。
そして……
「しまった……!」
ケゲンシーの飛翔する姿は、山の向こうの新たな景色からかき消えていたのだ。眼下は山森である。どこかに着地したのだろうが、それがどこかは分からない。
ラグネは考え考え口にした。
「たぶんケゲンシーさんは、あの『タリア』さんを人間化させようと思っているんです。魔力あるものを生け贄にして……。それに反対的だった僕を無視して、強引に」
ボンボが何だかそわそわしている。デモントがからかった。
「どうしたボンボ、小便でもしたいのか?」
「そうじゃねえよ」
ラグネはそのしぐさに思い当たることがある。
「ひょっとしてボンボさん、『魔力あるもの』として、呼ばれているんじゃ……!」
ケゲンシーは『タリア』を人間化させようとしている。ならば『タリア』を孤独に置いて、魔力あるものを呼び寄せようとするだろう。
同じ「元人形」であるラグネ、デモント、ケゲンシー本人は大丈夫だろう。魔力のないコロコも同様だ。だが魔物使いのボンボはどうか。
ボンボは首肯した。
「ああ、確かに――何かに強く引き寄せられる感覚がある。くっ、これは強烈だ……!」
「ボンボさん、どこに『タリア』さんが置かれているか分かりますね? どこへ飛べばいいか、どうか指示してください」
「……分かった。まずまっすぐ飛んでくれ」
その後はボンボの教える方向へ、右に左に飛んだ。
「よし、そこだ。降下するんだ」
緊張感が高まるなか、ラグネとデモントは森のやや開けた場所へ着地する。ラグネが手を離すと、ボンボはまるで夢遊病者のようにふらふらと歩き始めた。
「ボンボさん?」
コロコがボンボを背後から抱きしめる。
「このままボンボを先頭にしていたら、ボンボが『タリア』を人間化する生け贄になっちゃうよ。ラグネ、デモントさん、先行して」
「はい!」
「よっしゃ」
森は急勾配もなく、適度な湿気の地面が歩きやすかった。ボンボが行こうとするルートを確認しながら、ラグネとデモントは先へ進む。
やがて……
「あった! 『タリア』さんです!」
ややぬかるんだ地面は、建物なら3階の高さであろう場所から流れ落ちる、見事な滝の影響下にあった。それを見渡せる位置の岩に、『タリア』がぽつんと置かれている。ラグネは歓喜した。
しかし。
「誰だお前は?」
デモントが問いかけた相手は、すでに『生きた人形』のそばにいた、痩せた女だった。ケゲンシーの姿は見えない。女は白い長髪に褐色の肌で、テンの皮をあしらった豪華な衣装を着込んでいた。
その病的にこけた頬が、ラグネたちを見てゆるむ。
「これで悪魔騎士4人が揃う……」
意味不明なことをつぶやくと、彼女は『タリア』にそっと触れた。その瞬間、白光が閃いて、辺りを銀に染め上げる。




