0112傀儡子ニンテン05(2144字)
「ケゲンシーが盗まれたことで、わしは『生きた人形』を二度と作らぬと決心した。そもそも『核』がないことだしな。それに、クナンがあんまり悲しむのを目の当たりにして、もう二度とこんな思いをさせてはならない、と強く自分をいましめたのだ」
ラグネはそれは困る、と思った。『神の聖騎士』を増やすためには、ニンテンに頑張ってもらわなければならない。……いや、『人間化』のために誰か魔力あるものが死ぬことを考えれば、あるいはそれでもいいのかもしれない。
もっとも、ここまできて『生きた人形』を制作してもらえないのでは、デモントやケゲンシーに会わす顔がない。とりあえず『生きた人形』を作ってもらって、その後のことはそのとき考えよう。
「お願いです、ニンテンさん。どうか『生きた人形』をクナンさんに与えてください。きっと喜んでくれます」
「しかしなぜきみらは、わしに『生きた人形』を作らせたがるんだ? きみらに何のメリットがあるというんだ?」
それは……といいかけてラグネは詰まった。そういえばそこは考えてなかった。
コロコが代わって言葉をつむぐ。
「見てみたいんです、『生きた人形』を。この赤い宝石が心臓のように脈動し、人形がしゃべるところを。ただただ、その興味ひとつで私たちはやってきました。ミルクさんの『生きた人形』は、残念ながら紛失されていらしたので」
「ふん、変わった連中だな」
ニンテンが苦笑いしつつ、コロコの説明を了とした。
ターシャが手袋をして、熾火の上に器具をまたがせる。その上に豆や野菜の入った鍋を置いた。
「お口には合わないかもしれませんが、今スープを煮込みます。できあがったらどうぞお食べくださいな」
その後、話は幼き日のターシャが『デモント』を捨てたくだりになる。友達から『人形と話すおかしな子供』と思われるのが嫌で、近くの空き地に捨ててしまった――先ほどニンテンから聞いた事実だった。
「今ごろ『デモント』くんはどこの誰に持ち去られたのか――もしもう一度会えるなら、心から謝罪したいと思ってます」
ターシャはそう告げて軽く落ち込む。ラグネは何だか見ていられずうつむいた。デモントと彼女を会わせることは可能だろうが、『人間化』がばれるから無理か……そう考えてこちらも意気消沈する。
「『ケゲンシー』はまだ発見できないの?」
クナンが椅子の上でばたばたと両足を動かした。彼にとってみれば2年前――2歳のころのできごとだが、意外にも覚えているらしかった。
ターシャが皿にスープをよそう。
「まだ見つかってないわ、ごめんねクナン。でも、ひょっとしたら新しい友達ができるかも」
「本当?」
ニンテンが酒を飲みながら、上機嫌で孫の頭を撫でる。
「本当さ。楽しみに待っているといい」
「うん!」
ラグネはうつむいたまま面を上げられない。その『新しい友達』を奪い去ろうというのが、今回の自分たちの目的なのだから。クナンの笑みは、やがて悲しみに覆いつくされることになる。それを思うとやり切れず、ラグネは酒杯を傾けざるをえなかった。
ターシャのスープは美味しかった。一同はパンを千切っては浸し、口に運びながら会食を楽しんだ。
翌日の昼、ラグネはボンボに起こされた。二日酔いで頭が痛い。いつの間にか別の部屋に運ばれていた。
「おはようございます、ボンボさん」
「おう、おはよう。だいぶ遅いけどな。ニンテンが『生きた人形』作りに取りかかってるぞ」
ラグネは毛布の上から身を起こし、自分が床に寝ていたことに気がつく。どうやら男と女で分かれて睡眠を取ったらしい。
ボンボについていくと、コロコが『作業室』と書かれた部屋の前であくびを噛み殺していた。
「おはよ。起きたのね、ラグネ」
自然と声も小さくなる。
「ニンテンさんはこのなかで?」
「うん。『作業中は立ち入り禁止』だってさ。人形に『核』をはめ込もうと悪戦苦闘している最中みたい」
大丈夫かな? でも、過去に『デモント』と『ケゲンシー』を生み出した人だし……信じるしかない。
「ターシャさんとクナンさんは?」
「庭でくつろいでるよ。安息日だから仕事はお休みだって」
「僕、ちょっと見てきます」
ラグネが外へ出てみると、確かに親子が輪っか転がしで遊んでいた。挨拶すると、クナンがはしゃいでお願いしてくる。
「お兄ちゃんも一緒に遊ぼうよ! 3人でかくれんぼしよう!」
そのとき、ラグネの顔に鮮烈な光が当てられた。何だと目をすがめて見てみると、片手に短剣を持ったデモントが、敷地の外から太陽光を反射して浴びせてきている。手招きしていた。
ラグネは笑顔でターシャとクナンに了承の意を示す。
「分かりました。では僕が鬼になりますから、僕が10数えるまでこの家のなかのどこかに隠れてください。いいですね?」
ターシャもクナンもパッと明るい表情になった。
「それっ、隠れるわよクナン!」
「うんっ!」
ふたりが邸宅のなかに入る。ラグネは律儀に、背を向けて声を出して数を数えた。
「……8。9。10!」
ラグネはそっとデモントの元に走る。ケゲンシーもいた。ふたりは木の陰に隠れてそっと様子をうかがっていたらしい。
「おふたりとも、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもねえよ。『生きた人形』はどれぐらいの進捗なんだ? ずっと宿屋に閉じこもっているわけにもいかねえだろうが」




