0110傀儡子ニンテン03(2113字)
ラグネはまた失敗してしまったようだ。半泣きで言葉に詰まる。
「それは……」
「どうなんだ!?」
激しく怒るニンテンを、コロコが苦笑しながらなだめた。
「違いますよ。このニンテンさんの家を人づてに聞いて回っていたとき、たまたま『彼は孫思いの人だ、孫のクナンくんもさぞかし幸せだろう』と教えられたんです」
嘘である。だがニンテンはいぶかりながらも、その説明に納得したらしく、矛先を収めた。
「む……そうか。すまんな、年を取るとついつい疑いやすく、怒りやすくなる。失敬した」
ニンテンは自分の家の玄関へと歩き出す。その背中が遠ざかるのを見ながら、ラグネたちはぼそぼそと小声で話した。
「ホント、ラグネって嘘が下手だな」
ボンボのからかいにコロコも乗っかる。
「私たちがいなかったら今ごろ退散してるところよ」
ふたりしてつつかれ、ラグネは申し訳なく、消え入りそうな声量で答えた。
「面目ないです……」
ニンテンが振り向いて呼びかけてくる。
「どうした、ついてこい。客人としてもてなそう。酒ぐらいなら出すぞ」
これは機嫌が悪くならないうちに従ったほうがよさそうだ。3人はニンテン邸にお邪魔した。
「わー、お兄ちゃんたち誰?」
さっぱりした顔つきで、少し太っている子供がいる。椅子に座って木製の人形で遊んでいたところらしかった。ラグネたちの訪問に、やや驚いている風だ。
「僕はラグネ。きみは?」
「ぼく? ぼくはクナン! 4歳!」
この子がニンテンの孫のクナンか。ラグネは彼の、鼻水をぬぐった跡でべたべたな上衣から目をそらし、持っている人形を観察した。
いい出来栄えだ。顔は丸みをおびて優しげで、着せられた服は男ものだった。だいたいラグネの肩から手首ぐらいまでの長さの大きさだった。
「これで遊んでたんだね」
「うん! 勇敢な戦士スタンっていうんだ! ぼくが名づけたんだよ!」
なかなか明朗快活な子供である。ボンボが尋ねた。
「クナン、お前の親父とお袋は? 今は出先で仕事中か」
急にクナンがしょんぼりする。顔に陰が差した。
「お母さんは仕事中だよ。お父さんは――いないんだ、ぼくには」
「へっ?」
そこへニンテンが、トレイに杯を4つ載せて現れる。どうやら酒を持ってきたらしかった。居間のテーブルに置き、自分と3人に配る。
「クナンの父は行きずりの男なんだ」
乾いた声音でそう明かした。
「フォーティ母ちゃんも、わしの娘ターシャ――クナンの母ちゃんだ――も、どうも男運が悪いらしい。それとも女とはそういうものなのか。知らない男と恋に落ち、子供ができたころには逃げられる。馬鹿みたいだが、だからといってわしはふたりを軽蔑したりはせんがな。何せ、それでわしもクナンも生まれてきているわけだからな……」
コロコが沈痛に口を開く。
「そうだったんですか……。知らなかったとはいえ、すみませんでした」
ニンテンが「いいんだ」と、初めて微笑した。これまでとのギャップで、ラグネは貴重なものに触れた気がする。
「さあ、まずは一杯だ。この出会いを祝して。乾杯」
4人は杯を合わせた。ラグネはぶどう酒の芳醇な味わいに舌鼓を打つ。
「それで、その赤い宝石なんですが……。ニンテンさんは同じものをお持ちだったんですよね?」
トレイに載せられている丸い品物に、ニンテンは視線を落とした。その目尻にしわが刻まれる。
「わしはこれを母ちゃんから2個もらって、ひとつ目で『生きた人形』である『デモント』を作った。実に32年も前のことだ。妻のペーキとの間にできた娘、ターシャに喜んでもらおうとして完成させたんだ」
酒をこくりとひと口飲んだ。美味らしくほっと吐息する。
「『デモント』はフォーティ母ちゃんとわし、妻のペーキ、それと生後間もない娘ターシャの前で、たどたどしくもしゃべってみせたよ。5歳の設定で制作したが、特にターシャのよき親友になってくれた。ターシャも『デモント』と遊ぶのを毎日の楽しみにしていたな」
ところが、とニンテンは力なく苦笑した。
「ターシャのやつ、4歳になったら『デモント』を捨ててしまったんだ。なぜか『デモント』の声はわしら以外の人間には聞こえなかった。それで、ターシャは友達から『人形と話すおかしな子供』と思われてな。それが嫌で、近くの空き地に捨ててしまったらしいんだ」
そうか。ラグネは『デモント』のその後を想像する。おそらく、デモントはその空き地で孤独に置かれ、魔力あるものを呼び寄せた。そしてその命と魔力を吸い取り、人間化したんだ。5歳の子供として……
その後の29年にも及ぶ人生を、デモントさんはどうやって生きてきたんだろう? いい人、悪い人に出会いながら、それでも懸命に毎日を過ごしてきたに違いない。それを思うと、僕はまだ恵まれていたほうだったんだな、と彼に申し訳なくなる。
コロコが酒をすすった。
「それが赤い宝石のひとつ目の使い方だったんですね。もうひとつはどうされたんですか?」
ケゲンシーさんに使ったに決まってるじゃないですか、と口走りそうになり、慌ててラグネは自分の口元を押さえた。そんなこと言ったら、ニンテンさんは「何でそのことを知っている?」と激怒したに違いない。
ニンテンはラグネのそんな反応に気づかなかったのか、流暢に答えた。




