0109傀儡子ニンテン02(2085字)
「あっと、ええと、そのー……。そ、そうです、これを!」
ラグネは背負い袋を下ろすと、なかから赤い宝石を取り出す。
「これをお渡しにきました」
それまで硬質な態度を取っていたニンテンが、品物を見るなり愕然と口を開けっ放した。顎が外れそうなぐらいだ。
「それは『核』!」
ようやくそれだけ言うと、安楽椅子からゆっくり立ち上がった。本が開いたまま地面に落ちるが、そんなことなどもはや気にしていないようだ。杖をつきながらよろよろ歩いて、ラグネのもとまで近づいてきた。
震える手がラグネの掌から赤い宝石をつまみ上げる。ニンテンはじろじろと、それを太陽に透かしたりして検分した。
「間違いない、これは『核』だ。ええと……」
「ラグネです」
「ラグネくん、きみはこれをいったいどこから?」
ええと、教えちゃいけないのは『人間化』『神の聖騎士』だったっけ。これはオーケーだよね……
「ダンジョンのなかで発見しました」
「ほう……」
茶色い双眸に再び猜疑心がよぎった。
「この赤い宝石をわしの元に持ってきた、ということは、当然わしが『あれ』を作れることを承知の上だろうが……。問題は、それを誰から聞いたのか、だ」
ええと、「デモントさんとケゲンシーさんから聞きました」じゃ駄目だよね。ふたりが人間化したことがばれるから……。ラグネは最適な返答を求めて再びうろたえた。
「どうした? 答えられないのか?」
まずい。ニンテンさんがますます疑いの色を濃くしていく。何か言わなくちゃ。何か……!
そこでコロコが間に入ってくる。
「フォーティさんからです」
「ほう」
ニンテンはフォーティの名前に、頬をはたかれたような顔をした。
「わしの母ちゃんか。生きていれば97歳だが、もう死んでいるのだろう?」
「分かりません。旅芸人一座に加わったのち、最期はひとりで終わりたいと、どこかへ飛んで行ってしまいました」
「母ちゃんらしいな」
ラグネは内心安堵した。ナイスフォローと、コロコに頭を下げたいところである。確かにフォーティが息子のニンテンに『生きた人形』の製法を教え、さらに赤い宝石まで託したのだから、これは満点の回答といえた。
もっとも事実ではない。ラグネもコロコもボンボも、フォーティに会ってなどいないのだから。
「ではきみらは、母ちゃんからわしの話を聞いてやってきたのか。で、『あれ』を作ってほしいと?」
難局は去った。そう信じたラグネは、元気一杯に返事した。
「はい、『生きた人形』を、ぜひ!」
「『生きた人形』……?」
再び曇った相手の表情を前に、ラグネは固まった。何かまずいことをいっただろうか。ニンテンが両腕を組む。
「わしは『あれ』としか言ってないぞ。それを『生きた人形』ととらえたのか。ふうん、そうか」
ニンテンの眉間に縦じわが走った。
「確かにわしは『生きた人形』を作った。一体目の『デモント』に関しては、フォーティ母ちゃんも目撃している。だから彼女から伝え聞いたのなら、別にきみが知っていてもおかしくはない。……だが」
ラグネににじり寄る。鼻同士がくっつきそうだ。
「フォーティ母ちゃんは『生きた人形』について口外しないよう、わしに忠告していた。何といっても、不気味な産物には違いないからな。彼女自身も他人に言い触らさないと堅く誓っていた。なのに、何できみは『生きた人形』のことを知っている? 誰に教えられたというんだ? おかしいだろうが!」
凄まじい形相で迫られたラグネは、声ひとつ上げることができない。恐怖と狼狽で口元は引きつり、脂汗が額からだらだら流れた。
「どうした! 理由を言ってみろ! さもなければ酷い目に遭わすぞ!」
ニンテンの剣幕にたじたじとなり、ラグネは思わず口をついて叫びそうになった。だって、僕は元『生きた人形』なんですから!――と。
そこで助け舟を出してくれたのはボンボだ。
「じいさん、『生きた人形』を作れたのはあんただけじゃねえぜ。ほかにもいたんだ。旅芸人リブゴー一座のミルクって女がそれだ」
ニンテンの刺すような視線がボンボへと逸れた。ラグネは心のなかでほっとひと息つく。
「ミルク? そいつも『生きた人形』を作れたっていうのか?」
「ああ。あんたの母ちゃんである魔法使いフォーティに、赤い宝石をもらって、製法も教えられてな。ミルクに聞いた話じゃ、きっちり完成させて、そいつとしゃべることもできたそうだ。なっ、ラグネ」
「は、はい」
ニンテンは組んでいた腕をほどき、再び杖をつく。その双眸になごやかな色が戻っていた。
「そうか、わしのほかにも……。ならば『生きた人形』を知っていたとしてもうなずけるな。そういえば母ちゃんは『核』をひとつ持っていってたし、誓いを破って他人に教えることもあるか。……で、何か?」
ニンテンは口髭をつまんで引っ張った。
「わしに新たな『生きた人形』を作れ、と?」
ラグネは危機を逃れた安心感から、つい大きく返事してしまった。
「はい! お孫さんのクナンさんのためにも!」
ニンテンがまた険しい顔つきになり、唾を飛ばしながら怒鳴った。
「何でわしに孫がおり、その名前がクナンだと知っておるんだ!? きみらはわしのことをあらかじめ調べたのか!?」




