0108傀儡子ニンテン01(2028字)
(16)傀儡子ニンテン
翌日は鮮やかな晴れだった。何の悩みもなさそうな空に、ラグネは少しいじけてみせる。
冒険者ギルドの宿で、男女別れて雑魚寝した一同は、またここでお別れとなった。
「がははは! それじゃ達者でな、コロコ、ボンボ、ラグネ、デモント、ケゲンシー!」
スカッシャーが大剣を背中に担ぐ。哄笑する彼に、妻のキンクイが寄り添った。
「あんたは悩みがなくていいわね。じゃあねコロコ、体に気をつけてね」
コロコは少し涙ぐんでいた。人生の、武術の師匠たるキンクイとの別れが、やはり辛いらしい。
「打倒魔王アンソーでみんなと再会できたのは嬉しかったけど……。こうなると寂しいです」
ゴル、ヨコラ、チャムの3人は、ひとまずラアラの街に戻るそうだ。そしてそこで冒険者を続けつつ、今後のことを考えるという。
「じゃあな、みんな。3年後の『昇竜祭』武闘大会のときは、また来てくれよな。今度こそ我が優勝する!」
ゴルの威勢のいい言葉に、ヨコラが呆れる。
「まったく懲りない奴だな……。どうせまた一回戦で敗退するんだろ?」
一同が爆笑した。ゴルが「ひでえな」と頭をかく。
チャムがくすくす笑っていた。
「みなさん、またお会いしましょう。私もいい人を見つけたいと思います」
ボンボが深くうなずく。
「チャムならきっと良縁があるぜ。おいらが保証するよ」
「はい!」
ラグネが「あの……」と切り出した。
「みなさん、ここに924万カネーがあります。そのうち800万カネーを分けて持っていってください」
ヨコラが目を丸くする。
「えっ、いいのか?」
「はい、今のところ特に使い道がありませんから。皇帝ザーブラ陛下が帰還したら、魔王アンソーの賞金残り9000万カネーを受け取ることですし」
キンクイがやれやれと頭を振った。
「まだラグネから預かった500万カネーが残ったままなんだけど……」
そういえばそうだ。『龍の巣』を平らげた際の報酬だった。
「それも含めて、どうぞご自由にお使いください」
「我欲がないのね」
ゴルが指折り数える。
「ええと、5人で800万を分けるから、ひとり……」
「160万カネーです」
チャムがすぐに答えを弾き出した。ヨコラが遠慮なくラグネから受け取る。
「ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
「はい、お願いします」
こうしてお金の分配も終わった。名残惜しいが、もう行かなくては。
ラグネは5人にお別れを告げると、手を振りながら歩き出した。
「またお会いしましょう! それまでお達者で!」
デモント、ケゲンシー、コロコ、ボンボも同様に手を振る。スカッシャー、キンクイ、ゴル、ヨコラ、チャムの5人は、笑顔で両手を振って送り出してくれた。
さて、傀儡子ニンテンはケベロスの街に住んでいる――引っ越ししていなければ。それはロプシア王国の西、マリキン国にあった。イヒコ王の領土だ。
跳ね橋を渡り終えて城外に出ると、デモントがボンボを、ケゲンシーがコロコを、ラグネが荷物を抱え、黄金の翼を一斉に広げた。城門や歩廊の兵士たちが感嘆の声を上げる。
3人は西へ向かって飛翔していった。途中で食事を取ったり地図とにらめっこしたりしながら、どうにかケベロスの街に到着する。ラグネが俯瞰した感じ、結構大きい街だった。
目立たないように、近くの森に下りて羽を畳む。以後は歩きで目的地に到着した。辺りは夕暮れ間近といったところだ。
「それじゃ、俺さまとケゲンシーは宿屋で待ってるから、ラグネとコロコとボンボでしっかり『生きた人形』をニンテンに作らせてくれ。頼んだぜ」
そういって、丸くて赤い宝石をひとつ、ラグネに渡した。ラグネは真紅に透き通る球を見つめる。
「あれ? ふたつありませんでしたっけ?」
ケゲンシーが簡明に答えた。
「ニンテンには、あくまで孫のクナンのために『生きた人形』を作ってもらいます。ふたつも作ってくれとは頼めないでしょう?」
それもそうだ。ラグネたち3人は納得した。
その後、道行く人に人形職人のニンテンについて聞いて回る。今年60歳だそうで、今も健在らしかった。現在は広場近くの自宅で毎日を過ごしているようだ。まずはほっと一息つくラグネたちだった。
教えられたとおりのルートを辿ると、わりかし大きな木造の平屋が発見された。あれがニンテン宅だ。ふと見れば、家の前の安楽椅子に深々と座り、本を読んでいる老人がいる。もしかして……
ラグネはくつろいでいる彼に声をかけた。
「あの、すみませーん……」
老人がこちらへ視線を向ける。しわ深く年老いていながら、彫りの深い眼窩で茶色い目がぎらついていた。それさえなければ、年齢相応の外見と簡素な衣服で、ただのいち職人に見えただろう。
「何かね?」
「ニンテンさん、ですか?」
「いかにもそうだが。……きみらは?」
ニンテンの不審そうな瞳ににらまれ、緊張しつつお辞儀した。
「初めまして! 僕はラグネといいます! こちらは親友のコロコ、ボンボです!」
面を上げると、ニンテンと目線が交錯する。冷厳な光に圧倒されて、ラグネは瞬間パニックに陥った。
 




