0103海とダンジョン04(2047字)
急にラグネへ目線を向ける。見とれていたラグネのそれと交錯し、一瞬コロコは目を丸くした。ラグネはどぎまぎして、うろたえるのを誤魔化すべくまくし立てる。
「ぼ、僕もそう思います、コロコさん。でもきっと、それは、つまり……」
コロコが目をすがめてラグネを楽しそうに見つめた。それに口を閉ざしたラグネは、肩の力をため息とともに抜いて、改めて言い直す。
「……それはつまり、コロコさんがいるからです。コロコさんがいるから周りは明るくなるし、楽しいことだって舞い込んでくるんです。ええと、要するに僕は、元気なコロコさんが……」
それ以上は言葉にできなかった。ラグネは耳まで熱くなる。コロコがくすりと笑った。
「ラグネは自分の魅力に気づいてないよ」
そっとラグネに身を寄せる。ラグネは心臓の鼓動が早まるのを感じた。背後では相変わらずヨコラとゴルがいじられている。光球の輝きのせいで、みんなこっちに気づいていないみたいだった。
「ラグネがいるからみんな助かってる。それはただ、命を助けられているからだけじゃなくて……みんなきみの前では心をほどいて本音を打ち明けるから。そんなきみが、私は……」
コロコの唇が近づく。ラグネは彼女のそれへ、自分の唇を、そっと――
そのとき、突如大地が揺れた。ふたりの唇は触れ合うことなく離れる。
「地震よ!」
コロコが立ち上がった。デモントが黄金の翼を広げる。
「津波がくるかもしれねえ。みんな、空へ逃げるぞ! 早くしろ、命に関わる!」
ラグネはデモントとケゲンシー、そして自分に2人ずつ付いたところで、光球を背中に収めて金色の羽を出した。あたりが真っ暗になる。
「取りあえず真上に逃げましょう」
ケゲンシーの言葉に、3人の『神の聖騎士』はぎりぎり一杯まで上昇した。いち早く暗闇に慣れたコロコが、近くの山を指差す。
「見てあれ! もの凄い土煙よ!」
ラグネは月明かりでそれを確認した。確かに山肌に大規模な土ぼこりが発生している。だが噴火や噴煙にしては場所がおかしい。地震による土砂崩れの影響と見るのが妥当だった。
「いや――あれは迷宮の発生じゃないですか?」
ケゲンシーが意外な指摘をした。なるほど、崩落にしては木々が分断されていない。何より――出入り口と思わしき四角い穴から、大ムカデの魔物が這い出てきている。
ラグネは、これはダンジョンだと確信した。そうなると問題はひとつ。
入るか、入らないか。
「よし、いっちょ探ってみるか」
デモントが陽気に口走った。その目的はもちろん、『生きた人形』を作り出せる赤い宝石の獲得だろう。
冥界の王ガセールが人間界に進出してくる前に、ひとりでも多く『神の聖騎士』を生み出しておきたい。そのためには『生きた人形』が必須であり、それを誕生させる『核』となる赤い宝石が必要だ。そしてその赤い宝石は、ダンジョンのなかからときおり採掘されることがあるという……
ラグネはうなずいた。
「行ってみましょう。たとえ赤い宝石がなかったとしても、迷宮に巣食う魔物たちを倒しておけば、近隣住民も安全ですから」
「ラグネ、お前は探索において重要な役割がある」
「というと?」
「やっぱり僕はランタン代わりなんですね……」
カビっぽいダンジョン内で、ラグネはデモントに手を引かれながら、後ろ向きに歩いていた。大ムカデとの戦い――もちろん勝利した――のときから、ラグネは背中に光球を浮かび上がらせ続けている。
その輝きを頼りに歩いているデモントが、明朗に笑った。
「何、俺さまが魔物たちとその親玉を倒すから、お前は明かり役に徹してていいんだぞ」
誰も頼んでないのに……。ラグネは少し不服だった。
ケゲンシーとゴル、ヨコラが留守番役で、今迷宮内を歩いているのは6人だ。すなわちデモント、ラグネ、コロコ、ボンボ、キンクイ、チャムである。
『ブオオオオッ!』
ときどき魔物が出てきて襲ってきた。しかしすぐにデモントの三叉戟で頭部を貫かれ、あっさり絶命する。何せ先端が伸縮するうえ、めっぽう鋭い刃先なので、倒せない怪物というものがいなかった。
「かかかっ、愉快愉快。どんどん行こうぜ!」
デモントは上機嫌に進む。コロコが彼に釘を刺した。
「デモントさん、赤い宝石を探すことも忘れないでね」
「ああ、そうだった。……まあ、今のところ一個も見つけてねえけどな。最下層のあるじを倒して、迷宮内の魔物をすべて消し去ってからでも遅くはねえだろ」
「それはそうだけど」
奥のほうからオークの剣士が3体近づいてくる。その背後からは巨大なひとつ目の象がのそのそ迫ってきた。
「おらよ」
デモントが三叉戟を伸ばし、オークと象をぐちゃぐちゃと撫でる。すぐに彼らは血みどろかつバラバラになって絶命した。
そんな調子で魔物たちを倒しつつ、最下層まで潜り込んだ。一本道を快進撃していくと、行き止まりとなる広い玄室にたどり着く。
「ほう、やってきたか人間どもよ」
全身が細かい瓦の集積でできている、人間型の奇怪な魔物がいた。椅子に座って足を組み、頬杖をついている。目が八つあるカラスを可愛がっていた。




