0101海とダンジョン02(1973字)
「はい!」
ボンボは寄せては返す波を楽しんでいた。
「いやー、気持ちいいぜ。最高!」
コロコは飲み込みが早かった。立ち泳ぎとクロールをすぐに習得すると、快活にあちこち泳ぎ回った。
「ほらほら! チャム、ヨコラ、こっちこっち!」
「待ってくださーい」
「まったく、覚えたとなったら魚みたいに……」
キンクイは泳ぎの面では弟子のコロコより劣っている。ケゲンシーに手取り足取り教えてもらうも、なかなか上達しなかった。
「ごめんなさいケゲンシーさん。あたし、才能ないみたい」
「そんなすぐに結論を出す必要はないですよ。さあ、もう一回顔を水につけて」
「わっ、わっ! 泳げる! 泳げます、デモントさん!」
ややもたつきながらも、ラグネは見事にひとりで泳げるようになった。デモントが白い歯を輝かせる。
「ほら、俺さまの教えのおかげだろう? ボンボも励めよ」
「おう!」
ラグネは浅い場所で泳ぎを楽しんだ。こんな面白いことを知らなかっただなんて、僕は本当に世界が狭かった。デモントさんが海に行くきっかけをくれて、本当にありがたかった。
外へ出ることは、それなりの危険をともなう。だからって恐れて閉じこもっていれば、『面白いこと』には出会えない。そのことが、ラグネの胸に深い実感として根付いたのだった。
「コロコ、組み手しない?」
キンクイが泳ぎを諦めて、ちょうど帰ってきたコロコに対戦を持ちかけた。コロコは一瞬驚いたが、すぐに「ぜひ!」とふたつ返事で応諾した。
審判はヨコラ、回復役はチャムが努める。ケゲンシーは観客として眺めた。
「じゃ、行くわよコロコ!」
「はい!」
両者素手での勝負だ。年齢はキンクイ19歳、コロコ17歳。体格はキンクイのほうがややまさっている。夢幻流武術を完璧に習得しているふたりだった。
「でやっ!」
キンクイの拳がコロコの顔面に迫る。これを上体を反らしてかわすコロコ。逆に全身で弧を描くような蹴りを放った。強烈無比な一撃を、すんでのところでキンクイは回避する。
このときコロコの動体視力は凄まじい。もう一発、今度はキンクイの避ける先を想定して蹴りを放った。これがキンクイの側頭部をとらえる。鈍い音が鳴り響き、キンクイはダウンした。
「そこまで!」
ヨコラが起き上がれないキンクイの姿に、冷静に試合を止めた。コロコの勝ちだ。チャムが回復魔法でキンクイを治癒する。
キンクイは人差し指を立ててコロコに願い出た。
「も、もう一回!」
コロコはうなずいた。
「はい、私ももう一回やりたいです!」
この後10回ほど組み手を行なったが、キンクイが勝つことはできなかった。弟子は師匠を完全に追い越していたのだ。
「あーっ、強いじゃんコロコーっ!」
キンクイは珍しくじたばたと悔しがった。コロコはそのそばにしゃがみ込み、苦笑いを浮かべる。
「キンクイさんのおかげです。私がここまで強くなれたのは……」
「あーあ、あたしスカッシャーと結婚してから、全然練習してなかったもんなぁ……。そのせいもあるよねぇ……」
いきなりガバッと起き上がった。コロコの両肩をつかむ。
「ひょっとして男!? コロコ、好きな男ができたとか!?」
「何でそんな話に?」
「だって、女は好きな男ができると強くなるっていうじゃない」
「初めて聞きましたよ、そんな話」
ヨコラが会話に入ってきた。頬を少し赤く染めている。
「それは一理あるな」
コロコとキンクイが同時にそちらを見やる。
「えーっ、そうかなあ」
「でしょでしょ?」
実は、とヨコラは前置きした。周囲を一度見渡したのは、男がいないことを確認するためか。
彼女は心の重大事項を、ためらいがちに口にした。
「あたし、ゴルが好きなんだ」
コロコとチャム、キンクイ、ケゲンシーはほうほうと顔を寄せる。みなにやにやを抑え切れていなかった。チャムがヨコラの肩を撫でる。
「ほら、やっぱりゴルさんひと筋じゃないですか。私は以前からちゃんと分かってましたからね」
「うるさいぞ、チャム」
「ひっ、ごめんなさい……」
涙目になるチャムだった。ケゲンシーが顎をつまむ。
「それで? 告白するんですか?」
ヨコラは耳まで朱に染めて、こくりとうなずいた。
「今日の夕暮れに、海岸で。……さっき急にその決心がついたんだ。やっぱり綺麗な景色で好きな人と結ばれたいし」
キンクイが頬杖をつく。
「冒険者はどうする? やめるのか?」
「いや、それは続ける。ただ、今までみたいに危険な依頼をがんがんこなしていくってことは、もうないだろうけど」
コロコは腕を組んでうなった。
「問題はゴルの気持ちだよね。脈はあるんでしょ?」
「五分五分かな。『昇竜祭』武闘大会でのあいつの態度を見る限り、大丈夫だとは思うけど」
ケゲンシーが突っ込む。
「もしふられたら最悪ですよ。綺麗な景色で断られるなんて、一生の不覚になるか、と……」
「ちょっとあんた! プレッシャーかけないでくれよな」
不安そうになるヨコラだった。




