0010ゴブリン討伐02(1933字)
「あれだわ!」
馬を走らせて半刻後、コロコが前方を指差した。そこにはドキド村長から聞いたとおりの外観と形状の、大人ふたり分の大きさの洞窟がある。切り立った岩壁に開いており、なかは暗くて見通せなかった。
ボンボが手綱を引いて速度をゆるめる。疑問を発した。
「でも、ゴブリンたちの巣窟にしては、どこにも見張りがいねえぞ」
「そうね。それに、何だか静か過ぎる……」
下馬して近くの木に手綱を繋ぎ止める。持ってきていたランタンに火打ち石で明かりをともすと、3人は馬を残して徒歩で洞穴へと歩き出した。周囲には雑草が生い茂っている。
「気をつけてね、ふたりとも。何かありそうよ」
コロコが洞窟内に足を踏み入れた。内部は乾燥しており、湿気が不足している。どこか別の場所で外と通じているのか、獣のうなるような音がひっきりなしに聞こえてきた。入り口の広さに比べて、内部はどんどん狭くなっていく。
「ん?」
前方を進むふたりは気にしなかったようだが、地面にこぶし大の穴が並んでうがたれていた。何だろう、これは? ラグネは不審に思いつつ、でもコロコたちと同様に重要視せず、ふたりの後をついていく。
そのときだった。
前方に光が生じる。見れば小鬼がランタンを手に、そのふたを持ち上げたところだった。緑色の肌でボロを着ており、背が低く、装備といえば木の棍棒だけだ。
「現れたわね! ボンボ、召喚よろしく!」
コロコが身構えて走り出す。
と、その瞬間。
ラグネの背後で何かが落下した。それは轟音とともに地面に激突する。3人は振り返った。
「落とし格子!?」
よく城門などに使われる、縦と横に組んだ木の格子。垂直にスライドして開閉する門の一種だ。それが準備よろしく用意されていたのだ。ラグネはそれに取り付いて動かそうとしたが、びくともしない。どうやらさっきの穴は、落とし格子の下部先端が、何度も地面を叩くことでできたものだったらしい。
「とっ、閉じ込められた……!」
ラグネは将来への悲観に寒気すら覚えた。ゴブリンたちは手ぐすね引いて待ち構えていたわけだ。見れば洞窟の奥のほうからうじゃうじゃと、魔物たちが一斉に向かってきていた。
も、もう駄目だ。殺される……!
「ラグネ! 回復頼むね! ボンボは召喚を続けて!」
えっ? ラグネはコロコの背中を見た。落とし格子で進退きわまったにもかかわらず、彼女は勇敢に小鬼たちへ殴りかかる。ボンボも魔方陣の布を広げて、冷静に呪文を詠唱している。この場で取り乱しているのは僕だけだ。
――情けない。
ラグネは自分の頬を張った。僕だって冒険者なんだ。コロコとボンボが戦っているのに、自分だけおびえて隅で震えているわけにはいかないじゃないか。
「でやぁっ!」
コロコは強かった。前回の魔人ソダンがあまりにも強すぎたというだけで、コロコは決して弱くはない。むしろそこらの武闘家なんかより、メンタルもフィジカルもずば抜けている。
乏しい明かりのなか、ゴブリンたちの顔面を蹴り砕き、棍棒を払って殴り倒し、次々に死体の山を築き上げていった。
「『召喚』の魔法! 『スパイダー』、『コボルド』、ゴブリンたちをやっつけろ!」
ボンボの広げた二枚の布から、大きな蜘蛛と、犬頭の剣士が浮かび上がる。『鎧武者』を使わなかったのは、狭い洞窟内で彼の長剣が不利になると考えてのことだろう。
スパイダーは天井を這いつつ、小鬼たちに白い糸を吹きかける。それに絡め取られて動きに不自由をきたした魔物たちを、コボルドが短剣で斬り殺していった。
「サンキュー、ボンボ! ラグネ、回復魔法をかけて!」
ラグネはさっきから呪文を詠唱し、準備していた。後退してきたコロコに手をかざし、
「『回復』の魔法!」
治癒を念じる。コロコは外傷こそ少なかったが、さすがに膨大なゴブリンをひとりで相手してきただけあって、疲労が蓄積していた。
「ふー、助かるよ……」
コロコは汗をぬぐって笑顔を見せた。どうやら魔法が効いているらしい。ラグネは役に立てたことが嬉しかった。
「ありがとね、ラグネ。じゃ、またよろしく!」
コロコは肩を回しつつ、また戦場へと駆けていく。その拳で、その足で、小鬼たちを疾風のごとくなぎ倒していった。スパイダーとコボルドも活躍する。
気がつけば、あれだけいたゴブリンは半減していた。こちらが圧倒的に有利だ。魔物たちもそれを悟ったのか、キィキィ言いながら奥のほうへと逃げ出していく。追撃戦に移るのだろうか、ラグネは後を追いながらそう考えた。
だが……
『ウギャッ!』
奥の曲がり道に逃げ込んだゴブリンが、鼻血を出してまた現れる。何者かに殴られたようだ。仲間割れか?
『このはな垂れどもが、逃げるなどもってのほかだろうに……』
陰からしかめっ面で出現したのは、ほぼ人間サイズの大柄なゴブリンだった。




