0001見捨てられた少年01(2361字)
※この作品は神の視点で進みます。m(_ _)m
(1)見捨てられた少年
「ラグネ! お前はもういらん! ここで追放だ!」
勇者ファーミの怒鳴り声が反響して、迷宮の壁に吸い込まれていった。その剣幕におびえるのは、木の杖を抱えたひとりの少年。彼は涙目でファーミを――パーティーリーダーを見上げる。
「そんな……!」
ここは複雑に入り組んだ迷宮の下層部だ。迷宮は魔物たちの巣窟であり、ある日突然現れて、周辺地域に悪影響を及ぼす。
というのも、魔物たちは凶暴残忍であり、目につく人という人を食べたり殺したりしようとするからだ。迷宮の入り口は異形の生物たちの侵攻経路であり、周りの住民たちは恐れて避難するしかない。
そして彼らは魔物退治の専門家――『冒険者』に依頼する。どうか迷宮の魔物たちを一掃してください、と。
勇者ファーミをリーダーとする一行が、この迷宮の攻略に呼び寄せられたのは、けだし必然といえた。だが、それも必ずしも成功するとは限らない。パーティーに役立たずがいればなおさらのことだ。
「ま、待ってくださいファーミさん。ラグネは僧侶ですよ? 今ここに彼を捨てていけば、ほかの魔物たちに襲われて殺されてしまいます!」
必死の訴えは紅一点の賢者アリエルによるものだ。腰まで伸びた空色の髪は滝のよう。温和な瞳はウサギに似て、その顔は成熟した女の美しさにあふれている。青いチュニックと白い前掛けを併用していた。オーク材の杖を手に持っている。
そのアリエルへ、侮蔑の視線を向けたのは戦士コダインだ。
「勇者ファーミさまがお決めになったことにケチをつけるのか、アリエル! お前も置いていかれたいのか?」
コダインは細い糸目で、筋肉の鎧を身にまとっている。潰れた鼻が不細工さを引き立てていた。前歯が欠けており、喧嘩っ早い性格が会った人間全員にばれている。
「し、しかし……! ラグネひとりじゃ、決して地上まで生きて戻れやしません! 冒険者たちのリーダーたるべき勇者さまが、彼を見殺しになさるのですか!?」
ラグネはアリエルのフォローにすがるような思いだった。自分で言い返せればいいのだが、口下手でいつも寡黙なことが災いしている。返す言葉が見つからないのだ。
確かにラグネは役立たずだったかもしれない。僧侶の職業についている彼は、魔法で人のケガを治したり、かかった毒を中和したり、疲れや病気を回復させたりする役割だ。だがこの下層にいたるまで、勇者ファーミ、戦士コダイン、魔法使いシュゴウ、賢者アリエルたちの凄まじい戦いぶりに、遅れを取ることたびたびだった。
攻撃魔法の使えない非力な僧侶としては、魔物たちとの戦闘に参加できないし、被害の回復はアリエルが素早くこなすしで、確かにおのれの役割をまっとうできていなかった。勇者ファーミの激怒も分からなくはないのだ。
でも、戦闘がひと段落したときは、ちゃんと回復魔法をかけて回ってたし……。戦闘の邪魔はしてないし……。ラグネがそんな言い訳を考えていると。
「ほらほらその態度! 言いたいことを言わずに黙ってるその姿がムカつくんだよラグネ!」
魔法使いシュゴウが――パーティー最年長の32歳が、最年少の18歳の少年に蹴りを入れる。シュゴウはやや肥満体で、汚く茶色い髪と髭を伸ばしている。愛用の鉄の杖で殴らなかったのは、彼なりの最後の良心か。
蹴られた痛みに片膝をつくラグネ。涙がこぼれた。何も言い返せない。患部の疼痛に黙って耐えた。
そこで賢者アリエルが、軽い回復魔法をラグネにかける。痛みが引いた。
勇者ファーミがまた怒鳴る。すっかりぶんむくれていた。
「おい! そんな役立たずに大切な魔法を使うな! これから最下層で迷宮のあるじと戦うんだからな!」
剣山のような赤い髪と氷のような狐目は、その人相の悪さをここでも隠しきれないでいる。
一般に迷宮の魔物たちは、最下層に陣取る怪物をそのあるじとしていた。あるじを倒すと、手下の魔物たちも消え去る。それが普遍の法則であり、だからこんな危険な下層まで進んできたのだ。
アリエルはラグネの肩をそっと叩いた。そして――
「ごめんなさい」
小さい声でひとこと、ラグネに謝った。それはラグネにとっては絶望的な謝罪だった。あまりの窮地に目が回りそうで、立ち上がることすらできない。
アリエルは深いため息をつくと、ファーミたちのもとへ歩いていった。
「回復魔法は『使う本人』にはかけられません。私の回復はどなたが行なうのですか?」
「大丈夫、俺のポーションやエリクサーがある。それに、後衛の賢者が怪我するほど強い魔物は、もう出てこないだろう」
「分かりました」
待って。置いてかないで。ラグネは無慈悲に遠ざかる4人の影を、慌てて追いかけた。味方になってくれるのは、もはや彼の手に持つランタンの灯火だけのように思えた。
玉ねぎのような銀髪に眉毛が隠れている。小動物のような両目は赤くて大きい。顔の輪郭は丸みを帯びて、頬は白い結晶のよう。愛用の木の杖を手離さず、灰色のローブを着込んでいる。
そして、ひたひたと勇者ファーミ一行の後をついていく――それがラグネの今の状態だった。
ひとり取り残されたら、もう魔物の餌食になるしかない。攻撃魔法もなく、自分自身の体は回復できず、腕力もなければ武器もない。そんな僧侶のラグネにとって、ことは自身の生死に直結するのだ。必死になるなというほうが無理だった。
その姿に、戦士コダインはペッとつばを吐いた。ファーミの腰ぎんちゃくとして、その精神をあるじと共有している彼だった。
「どうします、ファーミさま。あいつ、ついてきてますぜ」
「そうだな……。っと、おいでなすったな」
勇者ファーミが舌なめずりをしつつ『勇者の剣』を抜き放つ。ランタンを床に置いた。通路の前に立ち塞がってきたのは、魔物――巨大な人食いコウモリの群れだった。
「いくぞ、お前ら! あっさり片付けるぞ!」
「おう!」