21・神楽の時
神楽は上弦の月が西の空に沈む前、闇がもっとも濃い時に開始される。
薪の塔が何本も殯宮の庭に立てられ、祭祀が始まる合図の笛の音がピィと一音響いた時、僧侶たちが火をつけていく。煌々と焚かれた灯りに囲まれた舞台で神楽舞の奉納が始まった。
事は神楽舞奉納十八日目の終わり間際に起こった。
ようよう舞の次第に慣れた貴族の人々は神酒に酔い、これが葬儀の一環であることすら最早忘れているかのようにだらだらと飲み食いを続けている。舞を見ているのかさえ疑わしい。そして地平線が明るくなり、その日の舞が終わりを迎える時、庭の一角、乾の方角から男がひとり、走り込んできた。
「宮様っ、真織宮様っ」
「何事」
侍従の兼定が太刀に手を伸ばして片膝をついた。
真織宮は庭に面した広間の縁に近いところに座敷を作り座っていた。兼定は縁ギリギリまで出ると走り寄った男が近寄る前に「止まれっ」と叫び、その低いながら通る声に、駈け込んで来た男は息を切らしながら足を止めた。衛兵を始め、貴族の護衛たちまでがわらわらと男を囲む。殯宮に結界は張られていないため常より多いにも関わらず男の侵入を許し、追いかけてきた衛兵たちも加わり、舞台の前の広い庭に人が溢れた。
衛兵が縄を打つ前に、男は「なにとぞっ」と声をあげた。
「大橘妃様の庭に曲者が侵入、大橘妃様が害されましたっ」
真織宮は男が何を言っているのかわからなかった。
だいたい大橘妃の部屋から知らせが来るなら、庭を通らずともいいはずではないか。なぜ庭から。なぜ大橘妃が害される。
「おまえ、大橘妃様の庭師か」
庭師であり、西の大臣の間者である。だが兼定はそれを知って放っておいた。真織宮に伝えてはいなかったが、間者と言っても隠居を考えるほどの年寄りである。それこそ誰に害をなすでもなく、西の大臣にしても娘を可愛がっていた年寄りをつけていたぐらいの気持ちだろう。手強いのは大橘妃の侍女の方だ。
「は、はい」
仕事もやめて隠居も考えるような年にしてはがっしりとした体が、ぜいぜいと息を切らして震えている。走ってきたにもかかわらず肌は血の気を無くして青白く、汗がだらだらと流れている。
「神楽の、神楽の時刻に合わせて大橘妃様が縁に出てお祈り差し上げていましたところ、曲者が、矢を放ちまして。曲者はし、仕留めたのですが、大橘妃様の腕に矢が。おそらく毒がっ」
言い終える前に、庭師は口から泡を吐いてどうっと倒れた。
明け始めた空の光に照らされ、太ももの裏に短い矢が刺さっているのを見つけた兼定は、背後に向かい叫んだ。
「大橘妃様のところへ。私も後から向かう」
兼定の側仕えが数人走っていくのを見送った真織宮が兼定を振り返った。
「なぜだ」
兼定は眉根を顰めたまま首を振ると、足袋裸足のまま庭に降り立った。
「そのまま誰も手を触れるな。雄大、兵を各所の護りに戻し、常より増やせ。正之、皆さまがお帰りになる前にすることはわかっているな。義春、男をみよ」
兼定が冷静に指示を出していく声を聞きながら、真織宮は動くこともできずに脇息をぎりっと握り締めていた。




