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白薔薇園の憂鬱  作者: 岡智みみか
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第3章 第1話

 佐山CMOと一緒に案内された地下室は、やっぱり薄暗い照明の、石造りの部屋だった。

床には赤黒いじゅうたんが敷かれ、ガラスケースに入ったアンティークの宝石やアクセサリー類と一緒に、絵や彫刻、陶器なんかも置かれている。


「ほう!」


 私より先に、佐山CMOは感嘆の声をあげた。

彼はそこに並べられた、いくつもの美術品を見てまわり始める。

私には、それらを見ても全く価値が分からない。

おじいちゃんの作品は、どこ?


「三上恭平の作品は、こちらになります」


 見せられたのは、絵皿の作品だった。

長方形で厚手の陶器に絵付けされた、古い森に囲まれた、まるでこのお城のような洋館の風景画。

佐山CMOは、その皿を手に取る。


「これが三上恭平の?」

「はい。あまり他では見られない、珍しい作品になります」


 偽物だ。

私の体はそこに楔で打ち付けられたように、目も口も指先も、何もかもが動かなくなる。

おじいちゃんの作品に、こんなものはない。


「ここでは、展示品の販売もしているのかな?」


 佐山CMOは、その店員に声をかけた。


「はい。オーナーと取引のある美術商が、ここの展示品の販売と管理しております。何かお気に召したものでも、ございましたでしょうか?」


 彼はちらりと、私を振り返った。


「何か君が気になったものは、ある?」


 拳を握りしめる。

必死で押さえつけようとしているつもりだけど、わき上がる感情の渦で、頭がどうにかなりそう。

佐山CMOは、そんな私に気づかないのか、ここに案内した店員と話を続ける。


「ここのオーナーは、美術品に興味がおありなのかな?」

「えぇ、新しいオーナーに変わってからですけどね。お好きな方なんです」


 佐山CMOは、おじいちゃんの作品だと紹介された絵皿に視線を移した。


「じゃあ一つ、これをいただいていこうかな」

「え!?」


 慌てて彼を振り返る。

佐山CMOは、全然こっちを見てくれない。


「いくらになる?」


 言われた店員は、小さなメモ用紙に何かを書き付けた。

それを佐山CMOに見せる。


「いいでしょう」


 彼の手がスーツの内ポケットに伸びるのを、私はとっさに押さえこんだ。


「ん? どうした?」

「ご、ごめんなさい。なんだか急に、気分が悪くなってしまって……」


 彼は特になんの表情もなく、私を見下ろす。

お願い、気づいて!


「なら先に、上にあがっていなさい。僕は後で行くから」


 それじゃダメ。

偽物を買わされちゃう! 

私は激しく首を横に振った。


「お願い。一緒に来て。今すぐ!」


 彼はため息をつくと、ようやく財布から手を離した。


「仕方ないな。かわいい君の頼みだ。一緒に行こう」


 店員に案内され、エントランスホールに戻る。

私は抜け出した地下室から、外に向かって駆け出した。


「またのご来店を、お待ちしております」


 とても洗練された、上品な立ち居振る舞いの店員は、そのにこやかな表情を一切崩すことなく、丁寧に頭を下げた。

車に飛び乗る。


「あの絵皿!」

「分かってる、偽物だ」


 車が出発すると同時に、そう叫んだ私に彼は言った。


「知らないフリして買わないと、犯罪として成立しないじゃないか」

「どういうこと?」

「偽物と知らないで購入しないと、騙されたことにならない」

「いくらって言われたの?」

「15万」


 衝動的に、走っている車のドアを開けようとした私を、彼は引き留めた。


「いま問い詰めても、どうにもならない!」

「あんなの、絶対に許せません!」

「もちろんだ。作戦を考えよう」


 彼は足と腕を組んだ。

そのままじっと動かなくなってしまう。

私は山の上にそびえる、古城を見上げた。

あの夢のような空間で、あんなことが行われているなんて。

本物のおじいちゃんの絵を飾り、そこで偽物を売りつけるだなんて。

まるでおじいちゃんのあの絵が、全てをごまかす目隠しにされているようだ。

絶対にこのままになんて、させはしない。


 それから数日が経ち、『しばらく大人しく待っていろ』という指示を出していた、佐山CMOから連絡が入った。

送られて来た社内メールを開く。

そこには、あの古城を入手し、おじいちゃんの絵を落札したオーナーの情報が記載されていた。


 三浦将也。26歳。

生年月日に学歴から、城を入手するまでの経緯や美術品の落札と購入履歴まで、様々な情報が詳細に記載されていた。

昼休みになって、一旦社外へ出る。

どうしようか少しはためらったけど、結局、直接電話をかけることにした。


「もしもし」

「やぁ。君の方から電話をかけてくるなんて、珍しいね」


 佐山CMOの、うきうきした声が聞こえてくる。


「時間がないので、手短におたずねします」

「時間なんて、いくらでも作ればいいじゃないか」

「あのオーナーは、佐山CMOみたいなお坊ちゃまってことですか? 随分お若い方なんですね」

「佐山CMOって、どこの佐山CMOのこと? うちには『佐山CMO』は、他にもいるんだけど。ちゃんと名前で呼んくれないと、誰のことだか分からないね」

「あのお城のオーナーになってから半年も経ってないってことは、本当につい最近ってことですか?」

「いいよねー、自由になるお金がある人って、素敵だと思わない?」

「で、私は考えたんです」

「自由な人生について?」

「あの若さで美術品の贋作を作るとは思えない。学歴を見ても、全くの無関係です。裏に誰かがいます。そこで私が目をつけたのは、絵の落札を仲介した美術商の存在です」

「ねぇ、僕の話聞いてる?」

「おじいちゃんの絵をオークションで最初に競り落とした、吉永商会ってところの情報はありませんか?」

「君が僕の話を聞かないっていうんなら、僕も君の話は聞かないよ」

「了解しました」


 電話を切る。

『吉永商会 美術商』でネット検索したら、一発でヒットした。

便利な世の中になったもんだ。


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