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白薔薇園の憂鬱  作者: 岡智みみか
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§4『山の上のレストランで』 第1章 第1話

 おじいちゃんの絵を譲り受けてから、数週間が過ぎていた。

私は相変わらず電車に乗って会社に通い、黙々と仕事を続けている。

次のオークションに向けての節約生活にも、抜かりはない。

昨夜は月末のシメで遅くまで残業が入り、休日の今日は昼過ぎまで熟睡。

やっと目が覚めたところに、卓己がいた。


「……。なんでいるの?」

「なんで電話に出ないの?」


 私はベッドから起き上がる元気もなく、再び枕に頭をボスリと落とす。


「勝手に入ってこないでよ」

「だ、だってそれは……。悪いなとは思ったけど、でも、で、電話にも出ないし、ピンポン押しても、出て……こないし、じゃあ、何かあったかもって、心配になるじゃないか」


 私は返事の代わりに、ボリボリおしりを掻く。


「じゃ、じゃあさ! だったら……。だったら、会社に電話しても、よかったの? 入り口で待ってても、よかった? 俺、本気で行っちゃうよ?」


 卓己とはもう口もきかないし、相手にもしないと決めていたので、大きなため息を一つついて、それでお終い。

彼も私の魂胆に気づいているから、逆に一歩も引かない。


「い、いいよ! 紗和ちゃんがその気なら。じゃあ俺も、こっ、こっから、一歩も動かないからね!」


 頑なになる卓己に布団の中で背を向けたまま、どうしようかこの先の展開を考える。

トイレにも行きたいし、お腹もすいた。


「ねぇ、紗和ちゃん。こないだから何を怒ってるのか知らないけどさ、俺は……」


 いよいよ困ったタイミングで、着信音が鳴った。

スマホの画面が切り替わる。


「……。佐山CMOだって」


 卓己が画面に映った文字を読み上げる。

面倒くさい相手が、よりにもよって最悪なタイミングで電話をかけてきたもんだ。


「で、出れば? 鳴ってるよ。は、颯斗さんなんでしょ? ぼ、僕に構わず、出ればいいじゃない」


 あぁそうですか。だったら望み通り出てやる。


「もしもし」


 布団から腕だけを伸ばし、通話ボタンを押す。

仰向けに顔を出した私から、卓己の視線がじっと離れない。


「やぁ。そろそろ起きる頃だろうと思って、電話したんだ。もしかしてまだ寝てた? 昨日は仕事で遅かったみたいだけど、大丈夫だったかな」

「何の用ですか?」

「え? あぁ、えっと、今夜の予定は空いてる? よかったら、一緒に食事でもと思ったんだけど」

「間に合ってまーす」


 プツリと電話を切る。

その勢いで、私はベッドから起き上がった。


「さ、紗和ちゃん。間に合ってるって、どういうこと? な、なにか欲しいものでも、あったの? は、颯斗さんから、何の電話だったの? 大事な話?」


 パジャマのまま1階へ降りる私の後を、卓己はずっとついてくる。

トイレの前でも待っていて、出てきた私に続いて台所に入った。

湧かしたお湯をカップ麺に注ぐ間に、卓己は箸を取り出すと、私の前にそれを置く。

3分待っている間、他にすることもないから、卓己の顔をじっと見続けてみる。

彼は最初の1分は同じようにじっとこっちを見ていたけど、すぐにもじもじし始めた。


「ほ、他に、用事……が、ないなら、じゃあ、こ、今夜は、僕と一緒に、ご飯食べる? ひ、久しぶりだし。ほら、最近あんまり、なかったから」

「3分経った」


 フタをバリッとはがし取ると、湯気の立つ麺をズズッとすする。

今日の卓己は、それでもめげなかった。


「あ、あのさ。紗和ちゃんに、言いたいことがあるんだ」


 そう言ったっきり、もごもごとしているだけの卓己を眺めながら、私はカップ麺をすする。

明日は買い出しに行かないとな。

そろそろ備蓄食料も切れそうだ。

主にネット通販で頼んでいるとはいえ、野菜とか果物とかは、やっぱりちょっとは自分の目で見て、お店で買っておきたいしな。


「さ、最近さ。紗和ちゃん、ずっと忙し……そう、だったから。今だって、ちゃんとご飯食べてないし。先輩んち行ってから、なんかずっと、機嫌悪いし……」


 携帯が鳴った。表示は『佐山CMO』。そのまま着信を切る。


「だから……さ、い、一緒にご飯でも、どうかなって思って。紗和ちゃんが今日がイヤなら、別に今日じゃなくって……も、いいんだ。また別の日でもいいし。そ、そういえば僕たちって、よく考えたら、まともに一緒に……、お、お出かけとか、したことないなって……」


 また携帯が鳴った。

佐山CMOからの着信を鳴りっぱなしのまま無視していたら、留守電に切り替わった。


『君のおじいちゃんの絵が見つかったんだ! その絵を見に行こうかと思って予約を入れてみたんだが、どうだろう!』


 そう聞こえた瞬間、速攻で電話に出る。


「それって、どこですか?」

「君もいるんなら、もっと早く電話にでたらどうなのかな」

「質問に答えてください」

「くっ……。あ、新しく山の上にできた、レストランだよ。ちょっとした話題になってただろ? ほぼ廃墟と化していたバブル時代の建物が、最近になってレストランに生まれ変わったって」

「あぁ、あの有名なお城ね」

「そこに、先日のアートフェスのオークションで落札された『山』が飾られることになったらしいんだ。どうだろう、見に行ってみないか?」

「いいですね。行きましょう」

「はは。そう言うと思った。そういう時の返事は早いね」

「はい。行きたいです、行かせてください」

「分かった。じゃあこの後で、6時には迎えに行くよ」


 電話を切る。

その私の目の前で、卓己は顔を真っ青にしていた。

しまった。失敗した。


「な……。なんで僕じゃなくて、あの人なの?」

「じゃあ聞くけど、逆になんであんたじゃなきゃダメなの?」

「ぼ、僕だって、あの絵が落札された先が、あの山の上のって、知ってたし! そ、それに、驚かそうって……」

「ゴメン。これから用事があるから。帰ってくれる?」

「それ、本気で言ってる?」


 卓己を無視して、私は寝巻きのボタンを外す。


「わ、……。分かった。もう帰るから! 急に、押しかけてきてゴメン。今度から、こういうことは、しない……ように、するよ」


 卓己は逃げ出すように玄関から出て行く。

私は卓己から卒業しなければいけない。

きっと彼をいつまでもここに縛りつけているのは、私自身なんだ。

卓己自身も、私から解放されないと。

彼の自由を、これ以上奪っていては駄目なんだ。

私たちはきっと、それくらい長すぎる時間を、一緒に過ごしてしまった。

互いに足を引っ張り合うような負担にだなんて、なっていいわけがない。


 時計を見上げる。

時間は11時を回ったところだった。

私は着ていく服をどうしようか考えながら、洗濯機のボタンを押した。


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