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白薔薇園の憂鬱  作者: 岡智みみか
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第2話

 日記の内容は本当に日々の細々としたことばかりで、彼の家族への愛情が手にとるように感じられた。

リンドグレーン氏はとてもお洒落で茶目っ気のある、いたずら好きのお父さまだった。

周囲の人たちを驚かすことが生きがいで、あの別荘に招待したゲストに対しても、実にさまざまなサプライズを仕掛けては楽しんでいる。

その計画と実行に至るまでの経緯が、この日記に残されていた。

灯台の門と鍵の謎も、ここにヒントが記されている可能性は高い。

一週間という期限も迫ってきた頃、ようやくページは事故当日の日付に行き当たる。


 その日の日記には、彼の深い怒りと悲しみが淡々と母国語で綴られていた。

無理もない。

もう会話を交わすことの出来なくなってしまった少女は、その後も彼の心の中でずっと生き続けていた。

氏は日記の中で、二度とこんな事件を起こさないようにと、灯台の門を封印することを決意する。


「じゃあ鍵穴のないあの扉は、リンドグレーン本人の製作だってこと?」


 キッチンでパスタを茹でる卓己が振り返った。


「そういうことみたい。見て。この設計図」


 日記のページを開いたとたん、真っ先にのぞきこんだのは佐山CMOだ。

今夜はなぜか、偶然にも順番に二人がうちに押しかけてきていて、卓己は私のリクエストしたクリームサーモンのパスタを作りながら、佐山CMOはソファでのんびりくつろぎながら、日記解読に協力してくれている。


「卓己くん。その灯台の門扉には、本当に鍵穴がないんですか?」

「そうなんですよ、それは見事につるつるで」

「うわー。僕も実際に見てみたいなぁ!」


 佐山CMOはウキウキで目を輝かせているが、これ以上部外者を増やすわけにもいかない。


「今回はギャラリーが多いから無理。千鶴ちゃんもいるのに、佐山CMOまで押しかけたら、充さんも迷惑だよ」

「え? 千鶴ちゃんって、もしかしてアートフェスの時に卓己くんと一緒に来てた古川千鶴のこと?」


 佐山CMOは、突然身を乗り出した。


「えぇ、そうなんですよ。彼女もこの件に興味があって」

「いいですよねー。彼女の力強い線とストローク! それでいてあの細やかで繊細かつ執拗なまでの緻密な描写は、独自のものですよ!」

「あはは。だから僕も、彼女を事務所に誘ったんです」


 アートオタクによるオタク談義はどうでもいい。

しかし、この日記にからくり扉の記述が残されていたことはありがたい。

私は見てもよく分からない設計図を穴の開くほど凝視している。


「ですが、颯斗さんはこの日記のことをどこで?」

「はは。お恥ずかし話ですが、紗和子さんにお願いしてどうにか教えてもらいました」


 卓己は焼き上がったサーモンののったフライパンに、生クリームをジュッと流し込んだ。


「さ、紗和ちゃん。その扉……の設計は、彼のオリジナルで、あって、著作権にも関わる秘密……だ、だから、あ、あんまり他の人には、見せ……ちゃ、だめだよ。そもそも、か、借りてきたみつ……。他のひ、人の日記だ、し……」

「はーい。分かってまーす」


 灯台の入り口を塞いだ門は、結構な厚みがあるらしい。

氏の日記によると中は空洞になっていて、そこにややこしいカラクリが仕掛けられていた。

それらを解き放つ錠前は、チェーンで結ばれ門の最上部に隠されているらしい。


「あの門の上に、そんなのあった? 卓己は見てた?」

「い、いや。ぼ、僕は、あの時、そこま……で、行ってなかっ……た、から」

「あぁ、そうか」


 ちっ。役立たずめ。


「い、いま、役立たず……。とか、思ったでしょ」


 卓己がテーブルにコトリと皿を置いた。

私は借り物の日記をパタンと閉じる。


「わーい。ご飯できたの? おいしそう! いただきまーす」


 今日のメニューは、ホウレンソウと鮭のホワイトパスタだ。

卓己は私の好きなものなら、なんだって作ってくれる。


「卓己くん。その先輩のお宅には、今度はいつかれるんです?」

「すぐ次の土曜日を予定しています」


 それを聞いた瞬間、佐山CMOは持っていたフォークをぽろりとテーブルに落とした。

両手で顔を覆い、絶望に打ちひしがれている。


「次……の、土曜ですか。僕はどうしても抜けられない仕事でアメリカですね……。あぁ、なんてことだ。もう少し早く予定が分かっていれば……」

「あらー、CMO! それは大変残念ですねー。だけど会社のために、しっかりお仕事してきてくださーい」

「くっ。君は絶対、そんなこと本気で思ってないだろう! いなくてラッキーぐらいにしか思ってないんじゃないのか?」

「なんでそんなこと言うんですか。私は寂しくてしょうがないのにー」

「はは。颯斗さん。アメリカには、どういったご用件で行かれるんですか?」


 出会った瞬間から仲良しな、男2人の会話は弾んでいた。

私はようやくつかめそうな手がかりに、ついフォークを片手に日記のページをめくる。


「あ! さ、紗和ちゃん。お行儀がよくないよ。それは先輩から借りてきた、大切な日記なんだから……。ね」

「そうだぞ! 貴重な資料にパスタソースを飛ばす気か!」


 だからそうならないように、思いっきりお皿からは遠ざけたつもりだし。


「リンドグレーンが灯台の錠前作りを頼んだのは、カミル・ベッカーっていう人なんだって」


 何気なく放ったその一言に、二人はガバリと立ち上がった。


「さ、さわちゃ……。ど、どこにそんなことが書いてあるの!」

「見せなさい。今すぐそのページを見せなさい!」


 そこを開いたまま日記を渡すと、興奮した二人は必死で何かをしゃべり始めた。

この二人の飛ばすつばの方で、日記が汚れそうだ。

私はそんな2人を眺めながら、クリーミーなパスタをフォークで巻き取る。

卓己の手料理はいつだって優しい味がする。

佐山CMOのスマホが振動した。


「あぁ。もう時間だ。俺は行かないと……」

「僕の作ったパスタ、食べていってください」


 佐山CMOは皿を持ち上げると、勢いよくフォークを手に取った。


「この顛末は仕事から戻ったら、必ず聞かせてもらうからね。俺も実際にその灯台が見たいし、その先輩にも、絶対紹介してもらうから!」

「はいはい。いいから急いでくださいCMO。お時間が迫ってますよ」


 ガツガツと卓己の作ったパスタをかき込みながらも、ぐちぐちと小言を残すことは忘れない。

バタバタと慌ただしく佐山CMOが出て行った後で、卓己は空になったお皿を片付けると、残っていた自分のパスタを食べ始めた。

私は白ワインを飲みながら、続きのページをめくる。


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