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白薔薇園の憂鬱  作者: 岡智みみか
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第2話

「あぁぁしまったぁぁ!」

「なになに、どうした? 忘れ物?」


 車はちょうど、白薔薇の垣根前に到着したところだった。


「もう一つあったんです、ペーパーウェイト! これだけじゃなくて、オレンジの! 賭けをしていたのに、すっかり忘れてましたぁ!」


 突然取り乱したかのように騒ぎだした私を、きっと彼も呆れたに違いない。


「まぁ、少し落ち着いて。こういう値のつきにくい作品は、オークションに出る機会も少ないけど、所有者が分かっていれば、なんとかなることもあるから」


 半分泣きかけていた私の髪に、彼の指がからみつく。


「なんとかって?」

「なんとかさ」


 彼はニッと笑って、絡めた髪に唇を近づける。


「やっと僕に相談してくれたね」


 相談するつもりはなかったけど、相談しないことには、絶対になんとかなりそうにない。


「じゃあここは一つ。その、さ。作戦会議ということで……」


 彼は急に大きな体を、もじもじとひねり始めた。


「その……。対偶のペーパーウェイトの、片割れを見せてもらえないかな」

「は?」

「あ、他の作品は残ってなの? その、卓己くんの対になってるやつ。なければ別に、それはそれでなんていうか……」


 そうだった。

結局この人の興味って、ここに尽きるんだった。

今さら別にいいんだけど。


「ありますよ。よかったら、見にきますか」

「え! アトリエに入っていいの?」

「いいですよ」

「や、やった! ちょっと見たら、すぐに帰るから!」


 彼は車を降りると、喜々として家の中に入ってきた。

私はおじいちゃんのアトリエに、彼を案内する。


「わぁ! ……。あ、あぁ……。なるほどね」


 どんなアトリエを想像していたのか、予想はつく。

今の祖父のアトリエは、何一つ作品の残っていない、ただの広い空き部屋でしかなかった。

彼の期待していたものとは、全く違う。


「ふふ。残念だったでしょ? これが私の、他の人にこの部屋を見せたくない理由なんです」


 私は二階にあるアトリエの窓を開け、部屋の空気を入れ替える。


「おじいちゃんの孫だって言うと、必ずその次に言われるのが、『アトリエを見せて』だから。見せたって、見せるものがないんです」


 私は宇宙色のカップの横に、おじいちゃんの青いペーパーウェイトを並べる。


「まだこの二つ、この二つだけなんです」

「僕に出来ることがあれば、なんでもするよ」


 彼は深く黒い目に、泣き出してしまいそうになるのをぐっと堪える。

今ここでその言葉に甘えることが出来たなら、泣いてその胸にすがることが出来たなら、どれだけ楽になるだろう。


 だけどこの人に対して、ほんのわずかでも頼ってしまいたいという感情を抱いた時に、この関係は終わってしまうだろう。

他になにもない私が、彼以外の選択肢を捨てるということだ。

そんな弱く情けない自分なんて、許せない。


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