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白薔薇園の憂鬱  作者: 岡智みみか
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第3話

「三上恭平の自宅アトリエから作品が放出された時に、出てきたものだって。陶器の焼き加減を確認するための試作品だって言われてるけど、きれいだよね。一見落書きみたいにも見えるけど、丁寧に花が描かれてる。老成に達してもなお、新しい表現を模索していた様子がよく分かる作品だよ。まぁ確かに、値を付けられるような完成度ではないけど。こういうのって、全庫出品セールならではの放出品だよね」


 私は彼をおいて、先を歩き始めた。

最初から分かってやっているなら、彼らにウェイトを譲る気なんてさらさらない。

時間を無駄にして、その分私が傷ついただけ。

彼から離れようと、さらに足を速める。


「あ、ちょっと待ってよ」


 前を向けず、うつむいて歩いていた肩が、誰かとぶつかった。

「すみません」と顔を上げると、それは佐山CMOだった。


「こんなところにいたのか。探したじゃないか」


 私はその場で立ちすくみ、じっと彼を見上げた。

そうやって顔を上げていないと、あふれてくる涙がこぼれ落ちそうだ。


「ん? どうかした?」


 想はそこへ、すかさず割り込んでくる。


「あ、初めまして。僕は『les œuvres heureuses』の豊橋想といいます。祖母の経営するギャラリーの、手伝いをさせてもらっている者です」


 彼は爽やかな笑顔を浮かべ、とても丁寧な挨拶を続けた。


「すみません。偶然三上画伯のお孫さんである紗和子さんとお会いして、うれしくてつい長い間お借りしてしまいました」


 にっこりと笑うその洗練された姿は、どこから見ても好青年だ。


「いえいえ。こちらこそ彼女の相手をさせてしまって申し訳ない。大変だったでしょ?」

「はは。そんなことはありませんでしたよ。とっても素敵な方ですので」


 想の差し出した手を、佐山CMOはすぐに握り返した。


「もうすぐオークションが始まる。想くんは見に行かないの?」

「あぁ、もう時間ですね。行きましょうか」


 先に歩き出した想の背に、気分はずっしりと重くなる。

なにやってんだろ、私。

きっと今日この会場でペーパーウェイトを見かけたことだけで、幸せだったと思わなきゃいけなかったんだ。

奇跡みたいなことなんだから。

結局彼らに振り回されただけで終わってしまった。


「紗和子さん、なにかあった? 大丈夫?」

「平気です。何でもないので」


 彼には頼れない。

自分で立て直さなくちゃ。

想が一瞬だけ振り返り、にこっとしてすぐにまた背を向けた。

そんな彼に、佐山CMOはムッと眉を寄せる。


「紗和子さんが嫌なら、今すぐにでも出て行くけど」

「いいえ。行きましょう。私もおじいちゃんの作品の、行く末がみたいです」


 薄暗い通路を抜け、特設会場のオークションルームに入る。

びっしりと並べられた椅子は、そのほとんどが埋め尽くされていた。

壇上には巨大なスクリーンが設置され、その脇にオークショニアの立つ台と作品の実物を乗せるステージが用意されている。

私は佐山CMOと並んで腰を下ろしたが、想はここからよく見える前方の席に、おばあさまと並んで座った。

オークションが始まる。


「皆さま。本日はご来場いただき……」


 あれ、紅は? 

オレンジの花が絵付けされたウェイトを持っているはずの、紅の姿が見えない。

私はそっと周囲を見渡した。

もしかしたら、想とおばあさまから離れたところに座っているのかもしれない。

そう思ったのに、座ったままチラチラとのぞく程度のことでは、びっしりと埋まった会場で彼女を探し出すことは不可能だった。


「どうかした?」

「いえ……」


 佐山CMOに気をつかわせてしまっている。

私はまっすぐに座り直した。

ここに連れてきてくれたのは、彼なのだから。

今だって私は、この人からプレゼントされた服を着て隣に座っているのに、自分のことばかりで、なにもしていない。


「……。あの、さっき想が言ってた、れぞーぶる・ずるーずって、どういう意味ですか」


 目の前で次々と競り落とされていく作品たちを見ながら、私は佐山CMOに声をかけた。


「あぁ。フランス語で、『幸運な作品』という意味だよ」


 幸運な作品……。

おじいちゃんと駆け落ちまでして産んだ父を捨て、その父から生まれた私を孫と認めない人が扱う作品のギャラリーが、そんな名前だなんて笑える。

おじいちゃんが死んでから、私にとって幸運なんて何一つなかった。

思い出は全てなくなり、残ったのは呪いのようなものだ。


「彼とは、知り合いだったの?」

「いえ。今日ここで初めて、会いました」

「そうなんだ」


 同じあの人の孫なのに……なんて、そんなことを考えても仕方ないのは分かってる。

私には私の人生があるのだから。

きっとあのおばあさまにも、あの人のなりの苦労はあったんだろうと思う。

隣の佐山CMOがもそりと動いた。


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