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白薔薇園の憂鬱  作者: 岡智みみか
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第8話

「あははー、よかったなぁ! 紗和子さん。カップが見つかって!」


 100%私の気が抜けたことに気づいたのか、CMOは私の肩を掴み、大げさにそれを揺すった。

カップが自分のものにならないとはっきり気がついた今、私はもう帰りたい。

きっと佐山CMOに「あげる」だなんて言われて、舞い上がっていただけなんだ。

やっと冷静になれた。

騙された。

ついてきた私が悪いけど。


「君もうれしいだろう! もっと喜んだらどうだい?」

「ええ、そうですね」


 そんなに肩を揺すられても、もう知らないし、どうでもいい。


「CMO。私、帰りたいです」

「俺を置いてか?」

「関係ないですよね。帰りたいです」

「ちょっと待て。俺はこれからちゃんと……」


 全員が集まったリビングに、お父さまの声が響いた。


「食事の準備が出来たようですから、こちらへどうぞ」


 佐山CMOは、ここぞとばかりに私の耳元にささやく。


「ほら。君のために急遽用意されたんだぞ。わざわざ時間をかけて作り直させたんだ。それを無駄にするつもりか?」

「うっ……」


 私が来たことで、慌てて作り直しているスタッフさんの様子を見ている。

おじいちゃんの作品を買い戻すため、日々の節約は当然食費にも及んでいた。

ここで一食分浮くのは、大変ありがたい。


「ま、まぁ……。た、食べ物を無駄、に、するのは……。私の、思想信条に関わりますので……」

「だろ? だったら、しっかりいただいて帰りなさい」


 再度お父さまの声に促され、ようやく佐山CMOから開放された。

今さらもう、なんだっていい。

食べるものだけ食べたら、帰ろう。


 座席は長いテーブルの一番上座に、佐山CMOと詩織さんが向かい合って座り、佐山CMOの隣に兄の学さん。

詩織さんの隣に父の孝良氏がついた。

テーブル中央には仕切りのように花が飾られていて、そこから私と叔父の篤広氏が向かい会う形になっている。

なんだろう、このあからさまな差別感。

だがそんなことも、もはやどうだっていい。

私に残されているのは、ご飯を食べてさっさと帰ることだけだ。


 テーブルでは佐山CMOサイドに座っているから、兄の学さんを挟んで隣にいるCMOの表情は、ここから全く見えない。

それでもあの人がいま、非常に困っていることだけは分かる。

まぁ確かに、詩織さんはいい子だけど、ここのファミリーはキャラが濃すぎるよな。

あれだけお父さまに猛プッシュされても、距離を置きたくなる気持ちはよく分かる。

佐山CMOは次男だったっけ? 

ここに婿入りするのも、キツいよなぁ~。

だけどそれを助ける義理は私にないので、自分でなんとかしてください。


 食事が始まった。

上座の四人は何やら楽しく談笑を続けている。

会話の内容? 興味ないね。

お皿にちょこっとずつ出てくるお洒落な料理を、一口で放り込んでから、次の皿が出てくるまでの時間をぼーっと天井を見上げて過ごしている。

早く帰りたい。

そもそも私は、お呼ばれしてない邪魔者なんだし。


 ふと視線を戻すと、私の正面で初対面からずっとイライラして全く落ち着きのない叔父の篤広氏が、さらにイライラを募らせていた。

見る限り、明らかに怒りながらご飯を食べている。

あぁ、なんなんだろうな、この人。

見てるだけで疲れる。

こんな叔父が自分と同じ家にずっといるってのも、それだけで気が滅入るのだろうな。

その篤広氏が、突然ギッと私をにらみつけた。


「そう言えば、このお嬢さんはカップが見たくてここに来たんだったよなぁ。それなのに、せっかくのカップが片付けられてしまったままじゃあ、つまんないよなぁ」


 そう言うと彼は立ち上がり、戸棚にしまわれたカップを取りだした。

私の目の前にそれを置く。


「おい、篤広。それは颯斗さんから詩織にいただいた大切なカップなんだから、丁寧に扱えよ」

「兄さんは相変わらず、何にも分かっちゃいないんだよなぁ!」


 今度は兄弟でごちゃごちゃと小競り合いが始まってしまったけど、正直私にはこのファミリーの確執なんて、どうだっていい。

目の前に置かれたおじいちゃんのカップを見ながら、リゾットのようなものを口にする。

あぁ、幸せだ。

もうこれで、思い残すことはなにもない。

家長である孝良氏の心配はよそに、カップは結局そのまま、食事が終わるまで私の目の前に置かれていた。

やがて最後のデザートが運ばれ、食事会は終わる。


「じゃ、カップも見つかったことだし、僕たちはそろそろお暇しようか。ね、紗和子さん」


 ケータリング会社の人たちが、広いダイニングルームに設置されたテーブルを片付け始めた。

目の前にあったカップは、叔父の篤広氏が戸棚に片付けている。

あぁ、さようなら。

私のおじいちゃんのカップ。


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