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白薔薇園の憂鬱  作者: 岡智みみか
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第6話

「まぁ僕的にも、詩織さんがカップをなくしてしまったこと自体は、特に気にしてないんですけどね」


 一触即発のにらみ合いを始めてしまった父娘二人に、佐山CMOは苦笑いを浮かべる。


「でも、彼女は残念がっているかも。ね?」


 そう言うと佐山CMOは、私の肩を抱き寄せ、髪にチュッとキスをした。

は? なにやってんのこの人! 

そのまま肩に腕を置いて、もたれかかってくる。

確かに父娘喧嘩はその瞬間消えてなくなったけど、また違う衝撃が部屋全体に走ってますけど!? 

だから私にかまうなと、あれほど注意しておいたのに! 

CMOは完全に痴情のもつれに、私を巻き込むつもりだ。

最悪。


「だ、だったら、みんなでカップを探しません? そのために私たちは来たんですもの。ねぇ? 佐山CMO」


 肩から腕を下ろそうとしない佐山CMOを、力ずくで押し退ける。

てゆーか、カップの存在が本気で危うくなっているいま、私は何をしにここまでやってきたのか分からないじゃない。

本気で泣きそう。

その雰囲気をようやく察したのか、佐山CMOが賛同した。


「そうだね。じゃあ紗和子さんと僕は、一緒に探そうか。てゆーか、他の人のお家を探るだなんて失礼だから、僕と君はここで大人しくしていた方がいいんじゃないかな」

「いいえ! 私はカップが見たくて来たんですもの。佐山CMOも真剣に探してください」


 このバカ男! 

佐山CMOじゃなかったら、本気で噛みついてやったのに! 

泣きそうになるのをグッと我慢した私に、詩織さんも味方してくれた。


「そうよね。本来の目的はそれだったんですもの、私はリビングをもう一度探すから、颯斗さんと紗和子さんは、どうぞこの家の中のお好きなところを探してください。ね、お父さん。構わないでしょう?」

「あ、あぁ。詩織がそう言うのなら……」

「お父さんたちは、それぞれご自分のお部屋を。もしかしたら、どこかにうっかり紛れ込んで入ってしまったのかもしれないし。そういうことも、あるでしょう? 自分の部屋の中こそ、他人には見られたくないでしょうから」


 詩織さんと父孝良氏の間に火花が再発する。

叔父の篤広氏はおろおろとし、兄の学さんはやれやれとため息をついた。


「じゃ、僕たちは先に行ってようか!」


 佐山CMOが珍しく空気を読んだのか、それとも読まなすぎるせいなのか、私の腰に腕を回した。

その瞬間、居た全員の視線が一斉に集まる。

彼は硬直する私をリビングから連れ出した。

廊下に出て、背後で扉が閉まった瞬間、彼の腕を振り払う。


「ちょっと! 真面目にカップを探す気あるんですか!」

「はぁ~。それは君の仕事だろ」


 彼はぐったりと疲れ果てた様子でうなだれる。


「俺はもうさっきからずっとお父さんの自慢話を聞かされて、うんざりなんだ。どこかでちょっと休憩しよう。疲れたよ」


 彼は天窓から西日のさす薄暗いリビング前の廊下で、彼はキョロキョロと辺りを見渡す。

そんなことより、カップの行方だ。

本当になくしたの?


「さっきまで私は詩織さんの部屋にいたんですけど、あそこにカップはなさそうですね」

「え? 彼女の部屋を漁ったの?」

「それはさすがに出来ませんでした」

「じゃあ普通に考えて、一番怪しいのは彼女の部屋だろ」

「違います」


 さっきのお父さんと詩織さんのやりとりを見て、確信した。

カップは最初っからなくなったりなんかしていない。

そして今も、なくしてはいないんだ。

誰かが持っている。


「どういうこと?」

「カップを隠したのはお父さんです。佐山CMOをこの家に呼び出すための口実なので、なくなってないことなんて、詩織さんも知っていたんです」

「なるほど。それで彼はさっき俺にカップを見せようとして、本当になくなっていることに気づいた」

「カップの行方を知っているのは、詩織さんです」


 そして彼女の部屋にもない。

私がこの家に来てから、ずっと彼女と一緒だった。

彼女はリビングルームにカップがあることを知っていただろうし、もし彼女の部屋にあるのなら、私をあの部屋に一人で置いたりはしなかっただろう。

そして一度部屋を出て戻って来た彼女は、再び部屋を出るまでにカップを自室に隠したりしていない。


「じゃあ彼女に直接聞くのが、一番手っ取り早いってこと?」


 不意に背後でリビングルームの扉が開いた。

宇野家の男性三人が、それぞれの部屋へと向かう。

結局、詩織さんに全員説得されたらしい。

ブツブツと文句を言いながらも、そこから出て行くことを受け入れたようだ。

素直に立ち去る派手な格好をした叔父と、兄の後ろ姿を見送る。

最後にリビングから出てきたお父さんの厳しい視線を感じて、私はぴったりとくっついていた佐山CMOから、慌てて距離をとった。


「さ、さぁ、佐山CMO! 詩織さんとの愛のために、頑張って大切なカップを探しますよ! 私もお手伝いしますから!」


 お父さまに聞こえるよう、ワザと大きな声を出してアピールしておく。

CMOはムッとしたみたいだけど、私にはカップの方が大事だ。

その佐山CMOが、急にすたすたと歩き出した。

私は慌てて彼を追う。


「ねぇ、どこに行くんですか? 置いていかないでくださいよ」

「さっきは俺を置いて行ったくせに」


 それは仕方ないしょーが! 

彼はダラダラと続く廊下を進み、庭に面した壁の一部がガラス張りになっている、応接間のようなところに来た。

ここは廊下と床が一続きになっていて、視界を遮る扉もない。

ソファとローテーブル、ちょっとした小物入れが置かれているだけだ。


「ほら。ここから庭が見えるんだよ。立派な庭じゃないか」


 砂利の敷かれた庭の所々に、立派な松の木が植えられている。

佐山CMOはソファにドカリと腰を下ろし、動かなくなってしまった。

仕方なく私もその向かいに落ち着く。

カップの行方はきっと、詩織さんが知っている。

ただ見せてもらうだけでいいんだけど。

彼女にとってそれは、佐山CMOと父と自分を繋ぐ、大切なものなのだろう。

それをいくら見つけ出し、佐山CMOからあげると言われていても、欲しいですとはやっぱり言い出せない。


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