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白薔薇園の憂鬱  作者: 岡智みみか
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第3話

「せっかく颯斗くんから詩織にといただいたのに、申し訳なくて。詩織と一生懸命探しているんだけど、どうしても見つからないんだ。せっかくの颯斗くんから詩織にとプレゼントされたものなのに。それで颯斗くん、詩織と一緒に以前話した……」


 詩織さんのお父さまこと、孝良氏は、佐山CMO相手に延々とおしゃべりを始める。

このオヤジ、最後までカップを見せないつもりか? 

どれだけ長居しても、カップが出てこないことには、ここに来た意味がない。

初手から佐山CMOに夢中のお父さまは、継続して私を無視しているので、私も気にせず無視してソファから立ち上がる。

ガラスの引き戸越しに庭を眺めるふりをしながら、カップの隠し場所を予測してみた。


 大きなお屋敷だ。

隠してあるのは家の中として、部屋数はいくつあるのだろう。

建物自体が小さな図書館か美術館並だ。

まずはこの部屋、リビングルームから。

バーカウンターの中にいくつかグラスが並んでいるが、そこにもちろんカップはない。

部屋の中央に大きなソファとローテーブルが置かれ、本棚とテレビが壁際に並んでいるが、この部屋のパッと見える位置にカップは置かれていない。

部屋から庭に接続する部分は一部が板張りになっていて、全ての部屋をつなぐ廊下のようになっていた。

ちらりとのぞいた続き部屋となっている隣のダイニングルームでは、専門のケータリング業者でも頼んだのか、制服っぽい服を着た人たちが、慌てふためいて調理を始めている。

急に人数が増えたせいだ。

ごめんなさい。

突然私なんかがお邪魔して……。


「そうだ!」


 私はくるりと振り返った。


「よかったら、詩織さんのお部屋を見せてくれない? 本物のお嬢さまのお部屋って、すっごい興味ある~!」


 空になったカップの前で、庭を眺め黄昏れていた詩織さんが、不思議そうな視線を私に向けた。

ごめんなさい。

本当はあなたのお部屋にあまり興味はないけど、カップを隠しているのなら、彼女の部屋の可能性が一番高い。


「ねぇ、行ってみたいなぁ。いい? ダメ?」


 潤んだ瞳で、キラキラと見上げてみる。


「あぁ。まぁ、いいけど」


 彼女は意外にも、あっさりと許可してくれた。


「どうぞ。こちらです」

「あ、ありがとう」


 佐山CMOは「俺を残していくつもりか」と恨めしそうにちらりと見上げてきたけど、お父さまと自分のことは、自分で頑張ってほしい。


 古風で清楚なお嬢さまに連れられ、リビングを出る。

廊下を進み階段を上ると、二階は北側に長い廊下が一本通っており、南に面して複数の部屋が並んでいた。

当然扉は全て閉じられている。キョロキョロと物珍しそうに見回すのも失礼と思いながらも、そうすることがやめられない。

これだけ広いお屋敷のなかでカップを捜索しなければならないことに、心が折れそうだ。


「すっご~い。とっても広いお屋敷ね」

「私の部屋はここよ」


 ニスのきいた焦げ茶色に光る重そうな扉を、彼女が開けてくれている。中に入った。


「え? え……っと、わ……わぁ! かわいいお部屋!」


 ひ、広い! 

一部屋で20畳はありそうだ。

女の子らしい少女趣味なピンクばかりの部屋に、ウォークインクローゼット、壁際に勉強机と本棚が二つ、大きなベッド。

可愛らしい飾り戸棚まで3つもある。

中央に敷かれたカーペットには、これまた可愛らしい小さな丸テーブルが直置きされていた。

可愛いけど、全体的にちょっと趣味はわる……独特なレトロ感がある部屋だ。


「ねぇ、色々とお部屋の様子を見せてもらってもいい?」

「えぇ、いいわよ」


 部屋のいびつな様子は多少気になるが、それにかまっている場合ではない。

カップだ。まずはこの部屋から、しらみつぶしに捜索していかないと。


 とりあえず、ゆっくりと室内を一周する。

パッと目につくところには置いていなさそうだ。

となるとクローゼットの中か、勉強机の引き出し、本棚の奥に隠されているか……、ベッドの下とか?


 ふと見ると、彼女は床の丸テーブルにじっと肘を置いたまま両手の指を組み、微動だにしていなかった。

何かじっと考え込んでいる様子で、まるで私に意識がない。

何を考えているんだろう。


「ねぇ、引き出しの中って、やっぱり見ちゃダメだよね?」

「別に。見たかったら、見てもいいですよ。どうぞご自由に」


 は? マジか。普通嫌がらない? 

だけどまぁ、許可ももらったことだし、遠慮なく。

戸惑いつつもガバリと勢いよく開けた引き出した中は、文房具とかノート、何かの小物やキーホルダーとかで、特に変わったものはない。

それでも唯一、このお嬢様お嬢さました部屋のその中にあって、異質な存在を放つ物体に、私の目は奪われた。


「ねぇ。これって、もしかして……」


 とりだしたのは、黒光りするスタンガン。

なんでこんなものが、こんなところに?


「あぁ、それは……。兄が買ってくれたんです。護身用にって。何ていうか、お守りみたいなものだから」


 彼女はそう言って疲れたような笑顔を見せると、また物思いにふけり始めた。

兄? この家には、お兄さんもいるのか。


 それにしても、詩織さんの様子は、大好きな彼がうちに遊びに来ているっていう雰囲気じゃない。

その彼は今、リビングでお父さまといちゃついている。

本当なら、恋敵である私とこんなことしてる場合じゃなくない? 


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