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白薔薇園の憂鬱  作者: 岡智みみか
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第4章 第1話

 約束の日曜になった。

のどかなお昼過ぎ、待ち合わせ場所の駅前に、一台の車が滑り込んで来る。

佐山CMOとの待ち合わせを、自宅前から少し離れた駅に変更してもらっていた。

出かけるところを卓己に見つかりでもしたら、何を言われるか分からない。

なんでこんなことに私が気を遣わなくちゃいけないのか分からないけど、とにかく大事な仕事の前に、イライラさせられることは避けておきたかった。


 車の窓が開き、後部座席から彼が手招きするのを見て、急いで駆け寄る。

そこへするりと乗り込んだとたん、車は静かに走り出した。


「待たせたね」

「そ、そんなことはないです……」


 彼は淡い空色のスーツにネクタイを結んでいた。

セミフォーマルで来るようにとは聞いていたので、私は紺色のしっかりめなワンピースを選んでいる。

気取ったオークション会場や展覧会に侵入しても浮かないようにと、リクルートスーツ以外では唯一のフォーマルワンピだ。

座席についた私を、彼は頭の先からつま先までじっくりと観察する。


「なるほど」

「な、なにか問題でも?」

「いや。何でもない」


 お、怒ってるのかな? 

口元に手をあて難しい顔をしたまま、佐山CMOは窓の方を向いてしまった。


「え、えっと……。本日は、よろしくお願いします」

「あぁ。こちらこそよろしく頼む」


 そうだ。

佐山CMOのことを気にしている場合なんかじゃない。

私の今日の任務は、おじいちゃんのカップを探し出すことだ。

最愛の彼を自分の家に呼びよせるための口実なんでしょ? 

そんなの楽勝じゃない。

多分彼が家についた瞬間、失くしたものも、あっさり出てくるから! 


 車は郊外の住宅地を進み、大きなお屋敷の前で止まった。

運転手が車を降りインターホンを鳴らすと、大きな門がゆっくりと自動で開く。

うちの傾いた木製の門とは大違いだ。

車寄せからエントランスへ向かうと、分厚い両開きの扉が私たちを待ち構えていた。

想像していたよりも、ずっと立派で見上げるほど大きなお屋敷だ。

私はゴクリと唾を飲み込む。


 もう一度整理をしておこう。

佐山CMOの恋人である宇野詩織さんは、私より二つ年下の24歳。

大学を卒業したのち、父の経営する大手保険会社に入社し、経理の仕事を手伝っている。

その会社はうちの会社とも関係のある、大事な取引先だ。


 重たそうな扉がゆっくりと開き始めた。

これから大仕事が待っている。

緊張に身を固めた瞬間、私の肩がグイッと抱き寄せられた。


「ちょ! 待って。なにこれ。佐山CMO、やめてください!」

「まぁいいじゃないか。今更照れることもないんじゃ……」

「いやいや、そういう問題じゃなくて!」


 押しのけようとしたら、さらに強く引き寄せられる。

このまま扉が開ききってしまったら、ヘンにいちゃついているように見られてしまう! 

私は肩に乗せられた佐山CMOの手を必死で下ろそうとするのに、彼はそうはさせまいとめちゃくちゃ力を込め抵抗している。


「だからこれじゃあ、彼女に誤解され……」


 扉が開いた。


「颯斗さん。いらっしゃ……い」


 ほらぁ! 

出迎えに来た詩織さんがめっちゃ驚いている。

佐山CMOに、後ろから半分抱きかかえられるようにされている私は、どうみたって彼といちゃついているようにしか見えない。


「ち、違うんです! これは佐山CMOが勝手に!」

「どうぞ。父がお待ちしております」


 彼女はにこりともせず、気持ちばかりの会釈をして、ふっと背中を向けた。

え? 詩織さん、反応薄くない? 

彼女なのに? 

嘘ついてまで自宅に呼び寄せた彼氏が、他の女と出会い頭に玄関でいちゃついてんのに? 


 彼女は腰まで伸びた真っ直ぐな黒髪をハーフアップにして、上品な淡いピンクのワンピースを着ている。

私のワンピより明らかに生地が上等なのは、見ただけで分かる。

デザインは少し地味……というか、古風な感じはするけれど、どうみたって正真正銘の絵に描いたようなお嬢さまだ。

昔のドラマに出てくる清楚なお嬢さまみたい。


「いやぁ! どうしても彼女が僕と一緒に来たいっていうもんだから。ねぇ、紗和子!」

「はい?」


 大きく振り返り、ギロリとにらみかえす。

肩に回された腕をはねのけると、黒褐色のオーク材で整えられた深い色合いの廊下をズカズカ進む。


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