スマートウォッチだけが聴く
ある夏の暑い夜。
スマートウォッチが何かを通知してきた。
「音が大きすぎます。このレベルの音量に長時間さらされると、聴覚に影響が出る恐れがあります」
はて。
ヘッドホンを外す。
終電もとうに終わった住宅地。一人暮らし向けのアパート。音漏れもなく、生活音もない。
静かだよなと首を捻っていると、また通知が届いた。
「音が大きすぎます」
「音が大きすぎます」
「音が大きすぎます」
「音が大きすぎます」
「音が大きすぎます」
「うわ!?」
怖くなってベッドにぶん投げた。
しばらく放置したら通知は止んだ。
つまみ上げて見るけど、通知が埋まってる以外は何もない。動作も正常だ。
「なにこれ怖い……」
電源を切って充電器に戻す。
明日友人に相談しよう。そう心に決めて寝た。
■ □ ■
「は? 壊れてんじゃねえのそれ」
次の日。友人の晴海を捕まえて昨夜の出来事を話したら、そんな一言が返ってきた。
「なるほど」
何かの誤作動。深夜だからちょっとホラーな方向に考えてしまっただけ。
そうだ。そうに違いない。冷静になって考えたらそんな気がした。
「そうかもしれない。でも、もし今夜も通知来たら、ちょっと見に来てよ」
「オッケー」
そして次の夜。晴海は僕の家にやってきた。
「何もないけどまあゆっくりしてってよ」
「おう」
二人でだらだら喋ったり漫画を読んだりして、深夜。
通知が来た。
「わ。きた」
「うわ。ホントだ、ってオレのもかよ!」
「マジで!?」
晴海の手元を覗き込む。機種が違うけど、同じ内容の通知が次々にポップアップしては押し流されていく。
けれども、音の出所はわからない。
音楽はかけてない。テレビも付いてない。車が通った音はしたけど、騒音判定されるような音はない。むしろ、この通知の振動音が今一番の騒音だ。
「わかんねえ」
「わかんないね」
「けど、二人とも同じ目に遭ってるって事はだ」
「うん」
「故障の線は消えた」
「消えたね。つまり」
「霊障」
「ええ……怖……なんとかならないの? 塩撒く? 盛る?」
「盛って逆に閉じ込めてしまう可能性もあるっていうよな」
「じゃあどうしろっていうのさ!?」
「んー」
晴海は少し考えて「そうだ」と手を打った。
「確か、そういう話に強いって噂のやつがいる。そいつに聞いてみよう」
■ □ ■
「え。壊れてるんじゃないのそれ」
「うん。それ、一昨日も言われた」
相談を持ちかけた二人目。東雲君は、二言目に「そっかあ」とやる気なく頷いた。
「でも、同じ時間に複数の機器が反応してるんだ」
「なるほど。だから故障じゃなさそう、と。それで、俺にその原因を探して欲しいってこと?」
「話が早い」
「自分にどんな噂があるかくらいは分かってるつもりだよ」
東雲君はちょっと遠い目をして溜め息をついた。
「あ。ごめん。別に無理にとは言わないから」
「別に良いよ。その噂を聞いた上で話を持ちかけたんでしょ」
「うん。あ。もちろんお礼はするよ!」
「あー……」
東雲君はまた少し考えて、僕に視線だけを向ける。
「そうだな。チャーハン作れる?」
「そのくらいなら」
「何もないけどまあゆっくりしてって」
そう言って振り返ると、彼は玄関に立ち尽くしたまま不可解な顔をしていた。
「どうしたの?」
「いや、うん。お邪魔します」
彼は何かから目を逸らすようにして、部屋に足を踏み入れた。
チャーハンというより焼き飯と言うべき手料理を出しながら、僕は訊ねた。
「それで、何か分かりそう?」
「あー。うん。そうだね」
曖昧に頷いた彼は、部屋を見渡して指を差した。
「あれ、いつからあるの?」
「ベース? 先週かな。先輩からもらってさ」
「なるほど」
「えっ。なんか曰く付き……?」
「いや、そう言うんじゃないかな。多分。えーっと」
僕の後ろを少し見て、難しい顔をした。
「ちょっと、その時間まで待たせてもらって良いかな」
「え。うん」
そして深夜。
僕のスマートウォッチが通知を連打し始めると、東雲君はベッドの辺りを見て、玄関の時と同じ顔をした。
「なるほどなあ……これはうるさいだろうな」
「えっ。やっぱり何か居るの? 事故物件?」
「いや。数日前までなんともなかったんだろ? なら、引き寄せられてきたパターンだと思う」
「引き寄せられて」
「うん。で、何故か電子機器との相性が良いみたい」
「そんなことあるの?」
「あるんだろうな。と、いうわけで間宮君。解決策だけど」
「うん」
「ベースの練習は他の所でするのをオススメするよ」
「ベースの練習……?」
東雲君は頷いて、どう説明したものか、と呟きながら口に手を当てて数秒。
「俺が見てるの、そのまま言っていい?」
「うん」
「信じてもらえないかもしれないけど」
「大丈夫、信じるよ」
頷くと、彼は少し困った顔で教えてくれた。
「君のベッドの上で、ドラムを一心不乱に叩くヴィジュアル系バンドの男がいる」
静かなのに通知が来たのだけ実話。