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二人のトワイライト  作者: ニシロ ハチ
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エピローグ 2


 月明りが砂漠に影を落とす。

 生身の時なら、満月が大きく見えるのに、エンプティでは、そういった気の利いた補正はない。でも、ズームにすれば、クレータがくっきりと見える。

 風は穏やかで、誰もいない。

 月と星だけが動く。

 ずっと同じ場所に座っているのに、飽きないのは、月明かりが砂漠の模様を変えているからだ。左手首を見ると、二時間も経っているのがわかった。

 雲一つない空は、満点の星空なのだが、月の周りだけ星が見えない。

 渇いた風が、髪を揺らした。

 足音がしたので、後ろを振り返った。今は見えないが、その方向にステーションがある。

 こっちに向かって歩いてきている人物がいた。ここに来るまで、あと三分は掛かるだろう。僕はまた、月を見上げた。もしかしたら、会えるかもしれないと思っていたのだ。本当に来てくれるとは思っていなかった。

「お久しぶりです」丁度三分後に、すぐ後ろで声がした。「また、隣に座ってもいいですか?」

 僕は振り返った。そして彼女だと確信した。日本人タイプのエンプティだ。レトロな学生服を着ていて、髪は三つ編みだった。スカートが短いので、生身なら寒いだろう。でも、動きやすそうだ。

 周囲には光源が一切無いが、月明かりさえあれば、エンプティは相手をハッキリと見る事が出来る。

「人を探すのは、簡単なの?」

「時間の掛かる作業です。簡単か難しいかではありません」彼女は、僕の隣で立ったまま言った。目が合うとニッコリと笑う。

「ああ。どうぞ。座って」

「ありがとう」彼女が座ると、風が吹いて、纏めてある髪が揺れた。

 会話が止まると、静寂に包まれる。絵画の中に閉じ込められたみたいな静けさだ。

「君には、また騙された」僕は言った。「実を言うと、一番初めに選択肢から除外したほどなんだ。一度見たエンプティの動作や癖は、忘れないんだ。君とは何度か会ったから、わかった気になっていた。でも、何人もいるだね」

「私もあれで、ベルさんを騙せるだろうと思っていました。作戦は成功ですね」彼女は無邪気に笑った。

「なんでメイドの設定だったの?」

「友人が遊びに来ている設定だと不自然ではありませんか?」

「そうだね。それにしても、上手に誤魔化していたね。メイドなのに、仕事を殆どやっていなかった。家事は、ケンゾウさんが全部やっていたし、彼とコミュニケーションをとっている様子も無かった。思い出してみると、不自然な事が沢山あったのに、あの時は、本当にメイドだと思っていたよ。なんで、ナツという名前だったの?」

「お経です。ムブ、が残りますけど」

 二秒ほど考えた。大した理由ではないようだ。でも、名前なんてそんなものだろう。

「因みに、いつ、私だとわかりましたか?」彼女は首を傾げた。

「最後までわからなかったよ」僕は正直に話した。「君が上手に演技していたから、本当のメイドだと思っていた。少し引っ掛かったのは、リンゴに接触したタイミングだね。あれは、僕が察知するよりも、ずっと早い段階だった。でも、そういう情報も流れているのだろう位にしか思わなかった。明らかに、おかしいと思ったのは、蜘蛛型のエンプティに真っ二つに吹き飛ばされた時だね。体から血の一滴も出ていなかった。あの時は、少しこんがらがった。ナツさんは生身の人間だとずっと思っていたから。でも、エンプティなら、銃のロックが掛かっていないかもと思ったんだけど、駄目だった。君だと気付いたのは、あの時、ゴーグルから話しかけられたからだ。それで全部が繋がった」

「少し、遅いですね」アミダはニッコリと笑った。

 シンジュ家に起きた異変にも、同居していた孫だから、誰よりも早く察知出来た。その次の手を、あの段階で打っていたのは、流石としか言いようがない。僕たちがアミダと会っていた時も、彼女の一人は、リンゴの屋敷で生活を続けていたのだ。接触先がマツリノ氏ではなく、リンゴなのも今となっては、最良の選択だ。

 シェルタに入らずに、屋敷内を捜索したのも、エンプティだからだ。食事の時間をきいた時に、ケンゾウさんが困ってナツさんを見たのは、ナツさんは、食事をする必要がないからだ。あの時も、ナツさんが答えていた。

「今もリンゴと一緒にいるの?」僕はきいた。

「はい。リンゴも最初は落ち込んでいましたが、少しずつ受け入れているようです。ついさっきまで、リンゴと一緒に日の出を見ていました」

「日の出?日本じゃないの?」僕は太陽の位置を計算した。ヨーロッパにいるのだろうか?

「はい。ベルさんは、星空の方が好きですか?」

「どうだろ?夜の方が静かな感じがして好きだけど。でも、日が昇る前も好きかな」

「トワイライトですね」

「トワイライト?あれって、日が沈んだ後の僅かに明るい時間を指すんじゃなかったっけ?」

「どちらの意味もあります」

「そうなんだ。知らなかった」

「リンゴも、その時間が好きだと言っていました」

 トワイライトは、沈んだ太陽の足掻きみたいなものだと思っていた。

 朝日の前も、そうなのか。

 姿を見せないのに、世界を変えてしまう程の光。

「リンゴがイヤフォンを付けていたのは、どっちの提案なの?」僕は話題を変えた。

「提案というものでもないです。元々、リンゴは四六時中音楽を聴いている人なので、私の声を送るのに、便利だったというだけです」

 リンゴは、ヘッドフォンを外す時に、髪を整える振りをして、イヤフォンを付けていたのだ。それで、ずっとアミダと会話をしていた。恐らく、アミダが蜘蛛型のエンプティに破壊されてから、態勢を立て直す数分間以外は、ずっと会話が可能だったはずだ。敵に襲われるときも、アミダは、警備システムで状況を把握しながら、リンゴに指示を出していた事になる。リンゴがタイミング良く攻撃を躱していたのも、このお陰だ。勿論、リンゴのセンスがあってこそだが。

「今回も騙されてばっかりだ」僕は自分に呆れて笑った。

「私は、ベルさんの悪事を把握していました」アミダは悪戯っぽく笑った。「そうですね。まず、ポパイさんを排除したのがベルさんだと、知っていました」

「それは、君の能力で?」

「いえ。私は、ベルさんが屋敷に入った音を聴いていたので、ベルさんが送った映像の時間と、私の把握している時間が合わないのを、疑問に思いました」

「それを言わなかった理由は?」

「ポパイさんを邪魔に思っていたのは、私も同じです。リンゴに危害を加える前に制圧する準備は出来ていましたが、何日も続くと疲れますので、好都合でした。それに、ベルさんが、リンゴとキンギョさんを殺す理由が無い事も知っていました」

「そっか」僕は溜息がでた。「それは恥ずかしい」

「あとは、初めの襲撃の時、ベルさん自ら、敵のエンプティを排除したのが不自然でした。リンゴがシェルタに入るのなら、わざわざ外に出る必要はありません。あの時に、ベイビィ・ブルーを目的の場所まで移動させていたのですね。ベイビィ・ブルーにダイヴしていたのは、ラムネさんか、AIです。あのまま敵が進めば、ベイビィ・ブルーが待機していた場所の近くを通ります。恐らく、ベルさんは、敵がベイビィ・ブルーを狙いに来たのかと、疑ったはずです。そうでなくても、運悪く鉢合わせる可能性があるので、我慢出来ずに仕事を放り出してしまったのです。あそこのシステムは、外部と連絡が取れませんから、さぞ心配した事でしょう」

「ホントに、なんでもわかるんだね」僕は自分の髪を触った。

「簡単でしたから」アミダは綺麗な歯をみせた。

 僕もなんとなく微笑んでおいた。運が良ければ、意思の疎通が出来たと錯覚してくれるかもしれない。

「これは、興味本位できくだけですが、今後のムーンウォーク計画は、どうするつもりですか?」アミダは言った。

 少しだけ考えた。

「今回で、僕の計画が破綻してしまったから、今から大変だよ」僕は言った。

「嘘ですね」綺麗な目で彼女は言った。

「どうして?」

「あっさりと、ホワイト・ベルを捨ててしまったからです。あの判断は、簡単に出来るものではありません。時間と費用を考えると、もう少し執着しても、よさそうなものです。その決断の早さが、ベルさんの素晴らしいところです。これからは、ベイビィ・ブルーとして、月を目指すのですか?」

「まぁ、そうかな」見事に見抜かれていたので驚いた。「君たちは、どうするつもり?あの件で君の力を多くの人が認知しただろうけど、身の回りに、何か変化があった?」

「今のところは、大丈夫です。あれは、誤算でした」

「誤算?」

「私は防衛に関わらない約束を、キンギョさんと結んでいたのです。でも、ベルさんを説得させる為に、やむを得ずに」

「君と、リンゴが一緒にいれば、色々とアプローチがあるだろうけど、なにか次の手を考えているの?」

 リンゴは莫大な遺産を相続した。彼女に投資して欲しい個人や企業は幾らでもあるだろう。まだ、若いこともあり、彼女を上手く誘導して、儲けようとする人物は沢山いるはずだ。

「勿論考えていますが、でも、今はリンゴと遊ぶのが楽しいので、全部、後回しになっています」

「遊ぶ?」

「初めは、忠告の為に、キンギョさんとリンゴに会いに行きましたが、私はリンゴの事を知れば知るほど、魅力的な人だとわかりました。なので、友達になったのです。それが、私がリンゴと一緒にいる理由です」

「友達?」

「はい。私の初めての友達です。同い年なのに、全く意見が合わないので、毎日、とても刺激的です」アミダは本当に楽しそうに笑った。

 リンゴもアミダも、ずっと一人だった。育ててくれた家族はいるが、同世代の気の合う人は初めてなのだろう。アミダが明るくなった印象を持ったのは、リンゴの影響もあるのだろう。

 リンゴとキャンディの遊んでいる様子を思い出した。

 あれも悪くない。

 素敵だ。

 でも、窓からの光に照らされて、ナツさんとチェスをしているリンゴも、確かに楽しそうだった。

 眩しくて、温かくて、だから、守りたいと思ったのだろう。

 結果的に、間違ってばかりだった。

 僕は、リンゴの為に、彼女を縛って、アミダは、リンゴの為に、自分を犠牲にした。

「友達ね。……お似合いなんじゃない?」僕は言った。

 アミダは、僕の顔を見て笑った。

「どうしたの?」僕はきいた。

「いえ。似合わない事を言ったので」



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