エピローグ 1
彼女は、暗い部屋で目が覚めた。
天井は高く、部屋も広い。
彼女は、この広い部屋の端を見るのを恐れていた。真っ暗な部屋は、足元を照らす僅かな照明やモニタの光しかないので、光が壁まで届かないからだ。この部屋はとても静かだ。静かなのに、暗闇でなにかが動いている音がする。
それは、生物ではない。
機械の音だ。
水の音だ。
「やぁ、起きたかい。調子はだうだね?」ドクタの眼鏡に光が反射して瞳が見えなかった。
「少し頭痛がします。腕も痛いです。特に、関節が外れた様な気怠さがあります。でも、実験は続けられます」彼女は、少し怯えながら言った。体の不具合は正確に伝えなければならない。でも、それによって、計画が止まった事はない。つまり、彼女の体調はどんな時も、支障が無い事になる。痛みを訴えて、彼女への待遇が変わることもない。
「そうか。腕の痛みは、アームを外した事によるものだろう。それだけ、リンクしているという事だ。だが…」ドクタの『だが』という言葉に、彼女は体を一瞬だけ震わせた。怒られると思ったからだ。「試作機では、やはり、性能を引き出すことが出来ない」
怒られないとわかり、彼女は、少しだけ体の緊張を解いた。
「あれを見たまえ」ドクタが言うと、照明がついた。彼女のベッドから十メートル程の所に、それはあった。
私の体が、そこにあった。
私の体は、上からの照明で照らされている。
「次はあれで、お披露目といこう。私の計画では、君は今頃、注目の的になっているはずだったのだが、ケチってしまったのがいけない。これは、私のミスだ。反省している。ところで」
ドクタが彼女を見た。口元は笑っているが、眼鏡の中の目は、一切笑っていなかったのを彼女は見た。
「なぜ、暴走したのかね?一体誰が、それを許可したのかな?」
彼女は、謝罪の言葉は並べた。それでも、ドクタの目は変わらなかった。
「私は、なぜ、勝手な行動をとったのか、ときいたのだ。謝罪が聴きたいのではない」ドクタが言った。
「よく覚えていません。申し訳ございません」彼女は、ドクタの顔が怖くて見えなかった。自分が嘘を付いているからだ。
彼女は知っていた。
もう、とっくに気付いていた。
ドクタはいつも、自分の体調を気に掛ける。自分が計画のコアになるので、壊れてしまったら、全てが台無しになるからだ。
でも、自分はもう、とっくに壊れている。
それがいつからなのかは、わからない。
もしかしたら、生まれた時からなのかもしれない。
でも、確かに、自分は壊れている。
修復出来ない程に。
彼女は、それを自覚していた。
それなのに、彼女はそれが言い出せない。
言ってしまえば、捨てられるかもしれないからだ。
それは、自分が壊れている事より、ドクタに怒られる事より、辛く苦しい訓練よりも、怖いことだ。
「一つだけ、知りたい事があります。質問しても、よろしいでしょうか?」彼女は怯えながら自分の体を見ているドクタに言った。
「なんだね?」ドクタは、彼女を振り返って言った。
「私を倒したエンプティは誰ですか?」
「あれは、ベイビィ・ブルーだ。この件に関わっているとはな」
「また会えますか?」
「次は勝てるか?」
「はい」
あのエンプティは、笑っていた。
だから、壊したい。
自分の手で。
……。
やっぱり、壊れている。




